現在、大学入試での新テスト導入をはじめとする教育の改革に大きな注目が集まっています。新しい大学入試とは? 今から中学生ができることは? 気になる疑問を教育ジャーナリストの渡辺敦司さんに伺いました。(本記事は2017年2月時点の情報に基づき作成しています)
目次
大学入試はどう変わる? 大学入試改革の今
教室長:2017(平成29)年度の中学3年生から、2020(平成32)年度から導入される新しい大学入試の対象になるということで大変注目を集めています。今回は、中学生の保護者の方々と一緒に、教育専門紙における記者としての経験をもとに現在は教育ジャーナリストとして活躍されている渡辺敦司さんに教育改革の動きについてお話を伺いにきました。
母:2020年度には大学入試が変わるということで、中学生の子どもを持つ親としてとても関心を持っています。渡辺さん、どうぞよろしくお願いします。
渡辺敦司さん:こちらこそ、よろしくお願いします。
母:2020年度から今のセンター試験に代わる新しいテストが導入されると話題になっていますが、どんなテストなんでしょうか?
渡辺敦司さん:センター試験に代わる「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」のことですね。新しいテストに注目が集まりつつありますが、このテストは「高大接続改革」の一貫で、大学教育と高校教育、その間にある大学入学者選抜を一体で改革しようという動きです。現行のセンター試験は2020年の1月を最後に廃止され、2019年度は「高等学校基礎学力テスト(仮称)」、2020年度からは「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」が始まります。
母:基礎学力テストと学力評価テストの2つに分かれるんですね。それぞれはどのようなテストなんですか?
渡辺敦司さん:基礎学力テストは年に複数回行われ、基礎的な学力つまり「知識・技能」が中心に問われます。一方で、センター試験に代わる学力評価テストでは「思考力、判断力、表現力」を中心に問われることになります。さらに大学の個別の選抜では各大学の指導方針に沿って「主体性、多様性、協働性」を加味して選抜してもらおうという構想です。
母:知識や技能というのはわかりやすいですが、思考力や主体性というのは?
渡辺敦司さん:高大接続改革では、変化の激しいこれからの時代に通用する幅広い学力を育てることを目指していて、学力の3要素として「知識・技能」、「思考力、判断力、表現力」、「主体性、多様性、協働性」を育てることを大きな意図としているんですね。
母:そう聞くと、今のセンター試験は知識や技能を中心に問われる印象が強いですね。
渡辺敦司さん:実は今のセンター試験にも思考力を働かせないと解けない問題が出題されてるんですよ。ただ、受験生の立場では知識を詰め込むのが受験対策という意識も根強いので、そういった印象を持たれる方もいらっしゃいますね。そうしたなかで、これからは思考力を問う問題が増えるのは間違いありません。たとえば、マークシート形式でも正解が複数あるような問題を出すという案もありますし、表現力という点では記述式で解答する問題も導入されます。
母:記述式の解答になるという話は聞いたことがあります。英語の試験も変わるんですよね?
渡辺敦司さん:はい。従来のセンター試験の英語では英文を読んで答える問題とリスニングで「読む」、「聞く」技能を測ってきましたが、新しいテストでは英文を「書く」、「話す」が加わって4技能を問うものになります。
母:英語を書いたり、話したりということになると、マークシートでは解答できませんが…。
渡辺敦司さん:そうですね。英語に関しては外部の検定試験をあらかじめ複数回受験して、その点数を大学入学者選抜に使う方針となっています。
母:新しいテストではどんな問題が出題されるんですか?具体的なイメージは固まっているんでしょうか?
渡辺敦司さん:高大接続改革(※1)は2012年8月から中教審で議論が始まったんですが、2014年末の答申後も文部科学省に設置された高大接続システム改革会議で議論が続けられ、2016年3月には「最終報告」をまとめたものの、現在は省内の改革推進本部のチームで”再延長戦”に入っていて、昨年8月には「進捗状況」が発表されています。試験の日程や問題例などは、5~6月をめどに発表される「実施方針」で示される予定です。
小学校から大学まで、教育改革の背景にあるものとは?
母:新しい大学入試、高大接続改革についてお話がありましたが、今後学習指導要領も改訂されるんですよね? なぜ今このタイミングで教育改革が進められているんでしょうか?
渡辺敦司さん:ここ数年の動きのもとは、少子化による生産人口の減少、労働生産性の低迷、グローバル化など急激な時代の変化のなかで、今までと同じ教育を続けていてはこれからの時代に適用できる人材が育たないという危機感にあります。そうしたなかで、卒業後に本当に社会に通用する能力が身についているのか? 大学で学んだことが社会に役立っているのか? という企業などの社会からの声もあり、専門の学問を学ぶだけでなく、学ぶことを通して社会に通用する能力をどう育てるかということが大学教育でも言われてきました。
母:確かに今までのように受験勉強に打ち込んで、よい大学に入ってよい会社に入ることができれば、安定した人生が約束されるという時代は終わっているのかもしれません。
渡辺敦司さん:そうです。単位を積み上げて大学を卒業できれば、あとは大学名に頼って就職するというやり方はもう古い。ですから、まず大学教育を変える、そのためには学生を送り出す高校教育も変える。従来の大学入試では高校の授業が大学入試向けの授業ばかりになってしまっていることが問題視されている。では大学入試を変えましょうという流れ、これが高大接続改革です。
母:では、学習指導要領の改訂についてはいかがですか?
渡辺敦司さん:小学校、中学校、高校の教育にかかわる学習指導要領は約10年おきに改訂されています。次の改訂の検討は現在大詰めを迎えていて、2017年2月には学習指導要領の改定案が発表されパブリックコメントの公募(※2)を経て、年度内には新しい学習指導要領が公示されます。この改定案では、「ゆとり」でも「詰め込み」でもない「生きる力」を育むという理念が掲げられています。
母:高校、大学の教育改革と同じように、これからの時代を考えてということでしょうか?
渡辺敦司さん:そうです。グローバル化という点からみても、今は東京五輪がいちばんの話題ですが、全国的に海外からの観光客が増えたり、地方の特産品を海外に販売するビジネスが盛んにおこなわれたり、外国の方に接する機会はすでに増えています。日本で働く外国の方も増えて、学校の教室を見ても外国ルーツのお子さんがごくふつうに隣に座っている。こうした外国人をはじめとする多様な価値観を持つ人たちと共に考え、働き、課題を解決していかなければいけない。
教室長:まさに「主体性、多様性、協働性」という力につながりますね。
母:なるほど。それがこれからの時代を生きていくための能力ということなんですね。小学校から大学までの教育を変えていこうという動きの背景がわかった気がします。
教育改革の検討が進む中、盛り上がりを見せるアクティブ・ラーニング
母:教育改革が進められている中で、教育の現場、たとえば学校ですでに変化していることはありますか?
渡辺敦司さん:はい。いま、盛り上がっているのがアクティブ・ラーニングです。
母:流行りのキーワードですね、私も聞いたことがあります!
渡辺敦司さん:図書館やインターネットで調べたり、あるいは調査に出かけたり、その課題について生徒同士、学生同士で話し合い、結果をまとめて発表するといった活動のことです。正解が1つでない、マニュアルがない課題に対して、自分たちなりに解答を出して実行していく力がこれからの社会では必要になる。そうした能力を身につける手法として注目されているのがアクティブ・ラーニングです。
母:下の子の小学校でもやっていますよ。グループに分かれて課題について、話し合ったり、街に調査に出かけたりする活動ですよね?
渡辺敦司さん:そうです。図書館内に調べ物をしたりグループで話し合ったりするアクティブ・ラーニングのためのスペースを設置する大学も増えています。調査をして討論し、パソコンなどを使って結果をプレゼンテーションするということが大学では当たり前になりつつあります。次の学習指導要領でもアクティブ・ラーニングがポイントになっていて、今後は小学校、中学校、高校でも本格的にアクティブ・ラーニングが取り入れられます。
母:今までは先生が黒板の前で講義して、学生、生徒が黙々とノートに写すという授業が中心でしたけど、授業の様子もガラッと変わるんですね。
渡辺敦司さん:そうですね。今おっしゃったような一斉講義、一方通行の授業では幅広い学力や資質・能力は育たないという考え方です。今後は教科書もアクティブ・ラーニングの授業を前提としたものになるでしょう。教科書の内容から自分なりに考えさせる、話し合わせる、書かせるということが多くなる。ひいては新しい大学入試の記述式につながるのが、現在の教育改革の理想と言えます。
母:他に学校で変わることはありますか?
渡辺敦司さん:次の学習指導要領では「社会に開かれた教育課程」というのもキーワードの1つです。これは保護者の側にもカリキュラムや教育内容を理解してもらって、一緒に教育活動をつくっていきましょうという意味合いがこめられています。これからは保護者の方も学校での話し合いや活動への協力を求められる場面が増えてくると思いますよ。
母:そうなんですか? 私は勉強があまり得意なほうではなかったから、中学生に何か教えられるか自信がありません。
渡辺敦司さん:保護者が学校で授業をして、知識・技能を教えるということではないので大丈夫ですよ。今、育成しようとしているのは、学力や資質・能力を社会に出たときにどう発揮できるかという面です。社会でどういう力が必要かということは保護者のほうが実感しているはずなんです。
母:たとえば、働きながら子育てしている母親なら、働いている経験から伝えられるものがありそうですね。
渡辺敦司さん:そのとおりです。正解のない課題について責任を持って実現させて報酬を得る。そうした経験をもとに得たものを子どもに教えていけるとよいですね。場合によっては子どもにも考えさせよう、学校、家庭、地域社会、あるいは子どもも含めて、みんなで教育をつくっていきましょうというのが「社会に開かれた教育課程」の理想です。
教育改革に伴い、塾に求められるものはどう変わる?
母:うちの中学生の娘は受験を考えて塾に通わせていますが、これからは塾も変わっていくんでしょうか。
渡辺敦司さん:やはりアクティブ・ラーニングに対応せざるを得ないということが起こるでしょうね。
教室長:思考力を問われる問題の解き方を教えるのに、
渡辺敦司さん:今までは学習塾というとカリスマ講師とか、「○○メソッド」とか、属人的な力量に頼る例もありましたね。ただ、学校でもカリキュラム・マネジメントといって、全体で授業づくりをしようという取り組みがされているように、塾でも同じように情報を共有する必要性が高まると思います。
教室長:私としては、アクティブ・ラーニングでのお子さんの成果についてどのように評価して、成績表や通知表などに反映させていくのかが課題だと考えています。学校教育の中で行うわけですから、成績をつけるのは不可欠です。アクティブ・ラーニングでの学びを点数化するにはどうしたらよいのでしょうか。
渡辺敦司さん:アクティブ・ラーニングの結果をどうやって成績に反映させていくべきかは検討が遅れている面もあります。学校の先生も、塾の講師も、個人個人でやっていては方法は確立できないのではないでしょうか。これから、学校、研究者、また塾などの教育産業界が知恵を出し合い、協働しながら開発していくことが必要になると私は思います。
母:今までは大学入試には、センター試験、私立大学の入試、国公立大学の入試というおおまかな流れがありましたけれど、それも変わるんでしょうね。
教室長:基礎学力テストや英語はあらかじめ複数回受けるということになりそうですから、従来に比べて受験のスパンが長くなると考えられますね。
渡辺敦司さん:日程のずれの対策というのも難しいところですね。さらには2020年度の新テストが導入される頃には、国立大学の学生定員の30%を推薦入試やAO入試に割り当てるなど、多様な入試方法で選抜する方針を国立大学協会がまとめています。基礎的な学力を身につけることが大切なのは変わりませんが、そのうえでどういう入試を選んでいくのか、生徒1人ひとりに対応することが必要になるでしょう。
教室長:これからは、生徒1人ひとりについて何が得意で、大学では何をしたいかという資質や能力が問われるので、今までのような集団的な進路指導では通用しなくなるのかもしれませんね。
渡辺敦司さん:そういった意味では個別指導塾のほうがノウハウを持っていると言えるのではないでしょうか。多様化する大学入試に対応するには、きめ細かく個別に対応することが必要になるのは間違いないと思います。
新しい大学入試のために、中学生が今からできること
教室長:2020年度には新しいテストが始まることはすでに決定事項ですが、こういった教育改革が現実のものとなるまでにはどのくらいかかると思われますか?
渡辺敦司さん:1979年に共通一次試験が始まった時も、10年くらいでセンター試験に移行したこともあります。それを考えると今回の大学入試改革も長い目でみるべきでしょう。逆に言うと、2020年度にいったん新しいテストが実施されるわけですが、それが固定されるわけではないとも言えます。初めの数年は出題傾向が毎年変わる可能性もあります。
母:前年度の問題を見て対策を立てても、次の年にはガラッと変わるということもありえるということですね?
渡辺敦司さん:そのとおりです。大学入試改革の影響で、高校受験でも思考力を問う問題が増えることが予想されます。問題のイメージとしては知識を活用する能力を問う全国学力テストのB問題のようなタイプですね。では高校受験対策としてB問題の対策を立てればよいのかというと、若干は必要なんですが、もともと社会でマニュアルが通用しないから教育を変えようとしているのに、マニュアル的な受験勉強をしていては対応しきれないということも考えられます。
母:では、高校受験や大学受験の変化に対応するために、中学生が今からできることはどんなことでしょうか?
渡辺敦司さん:これからの高校入試や大学入試は、中学校、高校までの授業で幅広い学力や資質・能力がどれだけ身についたかを測るテストになっていきます。ですから、授業でアクティブ・ラーニングを中心に一生懸命考え、友だちと話し合って、きちんと文章を書く、そういった繰り返しが入試に役立つ力になるということを忘れないでください。
母:学校の授業に積極的に取り組むことの積み重ねが大切なんですね。
渡辺敦司さん:そのとおりです。
母:では、中学生の子どもを持つ保護者にできることはありますか?
渡辺敦司さん:さきほど少し触れましたが、保護者の方は社会人として、社会のなかでどういう力が必要と感じているかをお子さんに伝えてあげていただきたいですね。
母:なるほど、家でも親の仕事の話を少しずつしてみます!
渡辺敦司さん:これからの社会では、多様化する入試を例にしても、どんな入試が自分に向いているのか、大学で何を学びたいのか、子ども自身が考え判断することが求められます。できる限りの多様な体験を通して、考えさせる、判断させる問いかけをしてあげることも、こうした力を伸ばす手助けになるでしょう。
母:考えさせる問いかけというと「こんな時はどうすればよいと思う?」、「あなたはどうしたい?」といったことでしょうか?
渡辺敦司さん:そうです。いまや抽象的に「勉強しなさい!」と叱るだけではすまない時代になろうとしています。社会で求められる資質・能力について、少しずつでよいのでご家庭でも意識してみてください。
母:親も学校や塾に任せきりではいけない時代なんですね。うちでも親子で考えられるように意識してみたいと思います!
母:今後の教育改革の動向にも注目していきたいですね。渡辺さんがブログにお書きになる記事も参考にさせていだきたいです。
渡辺敦司さん:ありがとうございます。私の記事を含めてさまざまなニュースが出ると思いますが、すべてのニュースがお子さんに当てはまるわけではありません。ニュースを鵜呑みにせず、保護者やお子さんに必要な情報を選ぶことも意識してください。
母:他に注目するべき情報はありますか?
渡辺敦司さん:教育改革の動きについては、学校の先生の話をよく聞くことが基本です。学校の先生は、国や都道府県の教育改革の動きをきちんと反映させて、学校のカリキュラムを組み、授業を行うわけですから、その点については詳しいはずです。あるいは塾の講師も教育の変化については敏感ですから、改革の背景や現在について聞いてみることもよい方法だと思います。
【参考資料】
(※1)・2016年3月31日付 高大接続システム改革会議「最終報告」
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/
__icsFiles/afieldfile/2016/06/02/1369232_01_2.pdf
・平成31年1月18日「高大接続改革の進捗状況について」:文部科学省
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/__icsFiles/afieldfile/2019/01/24/1412253-4.pdf
(※2)・学校教育法施行規則の一部を改正する省令案並びに幼稚園教育要領案、小学校学習指導要領案及び中学校学習指導要領案に対する意見公募手続(パブリック・コメント)の実施について
https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185000878&Mode=0
・現行学習指導要領・生きる力:文部科学省
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm
【プロフィール】渡辺敦司 (わたなべあつし)
1964年生まれ。教育ジャーナリスト。横浜国立大学を卒業後、教育専門紙「日本教育新聞」の記者となり、教育行政、進路指導問題などを担当する。1998年よりフリーランスとして活動。
・ベネッセ教育情報サイトでの教育動向のニュース
http://benesse.jp/search.html?search=%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E6%95%A6%E5%8F%B8
・時事通信社 内外教育
http://www.jiji.com/service/senmon/educate/index.html
・ブログ|教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説
http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/