増えている?減っている?日本のいじめの今

 

教室長:今回は日本の教育問題の代表的な識者でいらっしゃる長野雅弘さんにお話をうかがいにきています。長野さんは15年にわたり複数の学校で校長を務め、現在は聖徳大学児童学部で教授として教鞭を取っています。

 

母:長野さんは児童の「学力向上」や「生徒指導」に詳しく、いじめに関する書籍も執筆されていると聞きました。うちの子になにかあったときのために、保護者としていじめのことをよく知っておきたいと思っています。

 

長野さん:保護者の方にそう言っていただけるのはたのもしいですね。実は文部科学省が行っている、小学校、中学校、高校でのいじめに関する調査(※1)では、学年別のいじめの認知件数は中学1年生がもっとも多いんです。お子さんが他者との違いを意識し始める時期であることや、複数の小学校から生徒さんが集まってくることから、「みんなとすこし違う」「なんとなく気に入らない」というような摩擦やあつれきが起きやすいことが原因として挙げられます。

 

母:文部科学省の調査からは、ほかにどのようなことがわかるのでしょうか?

 

長野さん:たとえば、平成17(2005)年度にはいじめの認知件数は約2万件ですが、平成18(2006)年度には12万5千件と急激に増えています。文部科学省によるいじめの定義が平成18年度に改訂された(※2)ために、数値の上では急激な増加が起こりました。

 

教室長:平成25(2013)年には「いじめ防止対策推進法」(※3)や「いじめの防止等のための基本的な方針」(※4)といった法令やガイドラインが出されましたね。近年はいじめ対策に積極的に取り組もうという動きが活発になってきています。

 

長野さん:そうですね。この数字だけを見ると「いじめってこんなに多いの?」「うちの子は大丈夫?」と心配になるかもしれませんが、私は認知件数が増えたことはよい傾向だと思っています。というのも、認知件数が増えたのは、以前は隠されていたいじめが表に出るようになったためと考えられるからです。

 

母:学校や教育委員会がいじめと認めなかったために、最悪のケースに陥ってしまったというニュースを目にすると本当に胸が痛みますよね。うちの子がそこまで追い込まれたらと想像するのもつらいです。子どもをいじめから守るためには、どうしたらいいんでしょうか?

 

長野さん:いじめが原因で不登校になる、心身の病気になる、自ら命を絶ってしまう。こうしたケースを「いじめの重大事態」と言います。こうした重大事態に発展させないためには、いじめを小さな芽のうちに摘むことが大切です。

 

教室長:いじめを早期に発見して、早期に対処できれば、重大事態に陥るリスクを解消することにもつながりますね。しかし、一部ではいじめを「子ども同士のいさかい」ととらえ、「そこに大人が介入するべきでない」という風潮もあると聞きます。

 

長野さん:私の経験上、いじめを子どもたちだけで解決するのは厳しいと思います。重大ないじめに発展させないためには、保護者や先生など、大人の介入が必要です。学校の先生たちだけでは対応できないこともあるので、保護者の力がとても大きいことを覚えておいてください。

 

いじめかも…と思った時、保護者がするべきこととは?

学校でいじめがわかったとき、大人はどう対処していくべき? ~教育問題の専門家・長野雅弘さんインタビュー~-1

 

母:では、「いじめかも」と感じたときに、保護者は具体的にどんな対応をすればいいのでしょうか?

 

長野さん:「なにかおかしい」と感じたら、お子さんの部屋を徹底的に調べてください。

 

母:えっ、そんなことしていいんですか?

 

長野さん:ためらう保護者の方も多いと思います。しかし、いじめが大きく、深刻になってからでは遅いんです。お子さんの心身を守るためにも、もしなにか異変を感じたら、お子さんが外出しているときなどに部屋を調べてみてください。

 

母:もちろんいじめの芽は小さいうちに摘み取りたいと思いますが、部屋を見たことがきっかけで親子の仲が悪くならないかすこし心配です。

 

長野さん:もし、お子さんが気づいて怒ってしまっても、「心配に思ったこと」「自分がいつでもお子さんの味方であること」を伝えてあげてください。真剣な気持ちは、きっとお子さんに伝わるはずですよ。

 

母:ふだんから「守ってあげたい」と思っていても、そういう気持ちはなかなか口に出して伝えたことがなかったです。

 

長野さん:保護者の方にはふだんからお子さんに「いつもあなたの味方だよ」ということを、言葉で伝えてあげてほしいと思っています。学校でなにかつらいことがあったとき、「保護者を心配させたくない、悲しませたくない」と思って言い出せなくなるお子さんは少なくありません。保護者の方がいつも見守っていることを伝えてあげることで、お子さんも安心できますし、なにかあったときに打ち明けやすくなります。

 

母:言葉で伝えることって、とても大切なんですね。もし異変に気づいて、実際に部屋を調べるときはどんなことを注意したらいいでしょうか?

 

長野さん:「ノートに落書きがされている」「制服が不自然に汚れている」「カバンが傷つけられている」「文房具が壊されている」といったいじめの痕跡がないか注意して見てください。いじめが深刻化しているときには、お子さんがノートなどに「苦しい」「もうイヤだ」などと書き込んでいることもあります。

 

母:何も見つからなければ、ひと安心ということでしょうか。

 

長野さん:まずは部屋をもとあった状態に戻しましょう。何も見つからなくても、しばらくはお子さんの様子をこれまで以上に注意して見守ってあげてください。人の雰囲気や気持ちは言葉にしなくても伝わるものです。いじめられている子どもの気持ちはしっかり向き合った親には伝わります。

 

母:わかりました。反対に、「いじめかもしれない」と思ったときに保護者がやってはいけないことはありますか?

 

長野さん:「いじめられているんじゃないの?」としつこく聞いたり、「あなたがわるいんじゃないの?」と責めたりすることは絶対にやめてください。苦しい状況にあるお子さんをますます追い詰めてしまうことになります。

 

 

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いじめの痕跡を見つけたとき、保護者がやるべきこと

学校でいじめがわかったとき、大人はどう対処していくべき? ~教育問題の専門家・長野雅弘さんインタビュー~-2

 

母:部屋を調べてみて、もしいじめの痕跡と思われるものが見つかったとき、保護者はどのように行動するべきでしょうか?

 

長野さん:まずはお子さんの話をしっかり聞いてください。できるだけ冷静に、話をさえぎらず、お子さんの話を最後まで聞きましょう。このとき、お子さんにかける言葉として私が推奨しているのは「お父さんもお母さんも一緒に戦う。とてもつらいなら無理に学校に行かなくてもいいよ」といった言葉です。

 

教室長:さきほどの「あなたの味方だよ」という言葉も併せて伝えてあげたいですね。

 

母:もしものときは学校へも相談したいと思いますが、どのように話を進めればいいでしょうか?

 

長野さん:まずは「ノートに落書きされています」「服を汚されて帰ってきます」など、いじめの証拠と思われるものを持って担任の先生に話を聞きにいってください。このとき、学年主任の先生にも同席してもらうとよいでしょう。

 

教室長:文部科学省から、こうした場合の対応についてマニュアルのようなものが出されています。多くの場合、学校側はこれに基づいて生徒さんへの聞き取り調査などを行います。

 

長野さん:そうですね。学校側には「1週間以内に回答をください」と言うなど、期限内に報告してもらえるように依頼しましょう。また、思い違いや、話のすれ違いを防ぐ意味でも、学校や教育委員会との話し合いの内容は、録音することをおすすめします。

 

母:担任の先生や学年主任の先生に相談するなかで「いじめはありません」と言われたり、対応に納得いかないこともあると聞いたことがありますが、大丈夫でしょうか?

 

長野さん:そのときは、管理職である校長先生や教頭先生にも立ち会ってもらい「もう一度調べてもらえませんか?」と話を聞いてもらいましょう。担任の先生とは違う方法で調査をしてくれるはずです。適切な対処をしている学校であれば、この段階でいじめの事実が出てくると思います。

 

母:もし管理職の先生のお話にも納得できなかったら、次は教育委員会に相談ということでしょうか。

 

長野さん:はい。もしも学校側が満足のいく対応をしてくれない、学校側の説明に納得できない点があるという場合は、教育委員会に相談してください。

 

教室長:教育委員会に相談することで、教育委員会から学校に指導が入ったり、時には具体的な指示が出されたりすることもあるそうです。

 

長野さん:ニュースになるような、いじめを隠ぺいするひどい教育委員会はごく稀です。ほとんどはお子さんのために真面目に対応してくれます。もし転校する意思があれば、次の学校を紹介してくれる場合もあります。

 

母:転校は保護者としても勇気のいる選択ですね。

 

長野さん:改善や修復が不可能な段階だと感じたら、いじめからお子さんを逃がすのが最善だと私は考えています。しかし、ただ転校するのでは「恥ずかしい」や「負けた」と感じてしまう子どもが多いのは事実です。「新しい自分になるために、新しい学校へ行こう!」と夢を持っていじめから逃げることができるように、保護者の方を中心に大人たちが手助けしてあげることが必要です。

 

 

家庭でできるいじめ防止対策とは?

 

母:ほかにも保護者が家庭でできることはありますか?

 

長野さん:いじめを防止するという意味では、お子さんを「いじめられない」ようにすることよりも、「いじめない」ようにすることのほうが大事なんですよ。お子さんをいじめの加害者にしないためには、まず家庭が安心できる場所であることが大切です。「保護者の愛情が感じられない」「家に帰っても自分の居場所がない」といった鬱積した気持ちを、どうしたらよいかわからず他者へ向けてしまうケースをよく耳にします。

 

母:なるほど。愛情を伝える保護者の努力も必要ということですね。

 

長野さん:ほかにも、最初にすこし触れたように、中学生くらいのお子さんは他者との違いに敏感な時期です。「1人ひとりが違う個性を持っていて、いろんな考え方がある」ということを、家庭でも伝えてあげてください。身につく効果的な方法として「調べ学習」があります。親子で、一人ひとりみな違っているということを調べてみてはどうでしょう。

 

母:わかりました。周囲と違うからといって排除するのではなく、お互いの個性を認め合うことの大切さをうちの子と一緒に考えてみようと思います。

 

長野さん:いじめの対応にはお子さんと過ごす時間が長い保護者の方の力がとても大きいです。残念ながら、集団で生活をする限りいじめはゼロになりません。また、いじめられるのは恥ずかしいことではありません。そういうことを前提にして、どうか「いじめは小さいうちに摘み取る」という強い気持ちと、「うちの子を守れるのは最終的には親だけ」という覚悟を持って、保護者の方はいじめからお子さんを守ってあげていただきたいと思います。

 

■参照サイト
(※1) 平成 26 年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」における 「いじめ」に関する調査結果について 平成27年10月27日(火)文部科学省初等中等教育局児童生徒課
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/27/10/__icsFiles/afieldfile/2015/11/06/1363297_01_1.pdf

(※2)いじめの定義の変遷:文部科学省
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/06/26/1400030_003.pdf

(※3)いじめ防止対策推進法の公布について(通知):文部科学省
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1337219.htm

(※4)いじめの防止等のための基本的な方針 平成25年10月11日  文部科学大臣決定(最終改定 平成29年3月14日)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/__icsFiles/afieldfile/2018/07/23/1400262_001.pdf

【プロフィール】
長野雅弘(ながの まさひろ)
名古屋市生まれ。南山大学外国語学部卒業後、教職に就く。15年間で数校の校長職を歴任。日本教育カウンセラー学会員。現在は聖徳大学児童学部教授として教師を目指す学生に教育方法を教え、後進の指導に力を入れている。長年の教育現場での経験と実績をもとに教育専門紙への寄稿や、「学力向上」や「生徒指導」をテーマにした書籍の執筆も多い。著書に『「勉強ができない」と思い込んでいる女の子とお母さんへ』(学研教育出版)、『いじめからは夢を持って逃げましょう!』『「あなたの子どもは頭がいい!」小さな子どもの学力を、ラクに、グ~ンと伸ばす3つのお話』(共にパンローリング)など。

学校法人 東京聖徳学園