2020年に向けて改革が進む日本の教育。今後、日本の教育はどのように変わっていくのでしょうか?今回は、「アクティブ・ラーニング」や教育改革に向けて保護者がやっておくべきことなどを私立中高一貫校の学院長を務める石川一郎さんにうかがいました。
目次
いまの日本の教育に足りないものはなにか?
教室長:今回お話をうかがうのは、日本の教育界で早い時期からアクティブ・ラーニングに取り組まれている石川一郎さんです。石川さんは30年間中学校と高校で教鞭をとり、2000年代の初めからは、私立の中高一貫校でアクティブ・ラーニングを実践されるようになりました。
母:アクティブ・ラーニングというと、2020年に向けて行われる教育改革の話題と併せてよく取り上げられる指導法のことですよね。
教室長:はい。そのとおりです。文部科学省では「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク 等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である」(※)と定義しています。
石川一郎さん:教員として生徒さんたちに勉強を教えるなかで感じた、「日本の教育はこのままでいいのか」という思いが、アクティブ・ラーニングに取り組むきっかけになりました。
教室長:渡米されてアメリカの教育現場も研究されたそうですね。
石川一郎さん:はい。アメリカの教育現場で着目したのが、「クリティカル・シンキング(批判的思考)」や「クリエイティブ・シンキング(創造的思考)」といった考え方です。それまでの日本の教育は、単純な知識やテストの解法パターンを教えることが中心で、論理的な考え方や表現の方法を教える機会がありませんでした。
教室長:アメリカで見てきたものを、こんどは日本の教育にも取り組みたいとお考えになり、実践的な挑戦を続けてこられたんですね。
母:論理的な思考を身につけるための指導がアクティブ・ラーニングということでしょうか?
石川一郎さん:実際の授業にたとえると論理的な思考とアクティブ・ラーニングの結びつきがわかりやすくなるかもしれません。たとえば、歴史の授業で「応仁の乱」について扱う場合、まず学ぶのは複雑な人間関係と何年にどんなことがあったのかという知識の部分だと思います。次に問われるのは「応仁の乱はなぜ起きたか」「応仁の乱はどういう出来事か」という知識を組み合わせたり、あるいは要約して答える問題ですね。アメリカではここから一歩進んだ本質的な質問を生徒さんに投げかけます。たとえば「応仁の乱はどうやったら防げたか?」という問いです。
母:その質問の答えを考えるのはおもしろそうですね!
石川一郎さん:ある意味、究極の問いですよね。複雑な人間関係のなかで起きた応仁の乱のような長期的な争いは、実際の社会でも起きかねません。同じような争いが起こったときに「構造的にどこを変えれば争いが防げるのか?」というふうに正解のない問いの答えを考えていくことが、クリティカルでクリエイティブな思考なんです。
母:社会に出ると正解のない課題というものは日々出てきますね。確かにそういった考え方はお子さんたちの「生きていく力」につながりそうです。
石川一郎さん:はい。こうしたアクティブ・ラーニングに生徒さん1人ひとりが意欲を持って取り組むためには、さきほど説明したような「正解のない問い」が有効だと考えています。
アクティブ・ラーニングの実践例
母:実践されたアクティブ・ラーニングの例があれば教えていただけませんか?
石川一郎さん:私が現在学院長を務めている学校で行ったのは、「津波で陸地に乗り上げた船をどうするか」というテーマで、保存派と撤去派に分かれてディベート(討論)するという授業です。生徒さんたちからは賛成、反対といろいろな意見が出ました。
母:実際に津波の被害に遭った地域で問題になったテーマですね。
石川一郎さん:はい。こういったテーマの場合、従来の授業では双方が意見を出し合って、教員が「両方ともよい意見だね」とまとめてしまうことが多いですが、それでは予定調和的で生徒さんたちにとってはおもしろくありませんよね。そこで、教員が次の課題を投げかけます。「では双方で話し合って、船をどうするか結論を出しましょう」と。
母:大人でも解決が難しいテーマですが、結論は出たんでしょうか?
石川一郎さん:はい。生徒さんたちは話し合いの結果、「小さい模型にして船を保存すればいい」という結論を出しました。実はこれ、小学校5年生で行った授業のお話なんですよ。
母:え!小学生の授業だったんですね。テーマから高校生の授業をイメージしていたのでとても驚きました。
石川一郎さん:小学校1年生でも有意義なアクティブ・ラーニングの授業は行えます。たとえば、小学校1年生に「小さい恐竜がティラノサウルスに食べられないようにするにはどうしたらいいか?」ということをテーマにした授業をしたことがあります。
母:いったいどんな授業だったんですか?
石川一郎さん:この授業では、まず小さな恐竜をプリントした画用紙を配りました。そして、そこに絵を描き足したり、別の紙で武器になりそうなものを作って貼ったりして、生徒さんたちに自分の考えを表現してもらったんです。最初は自分で考え、次に友だちの絵を見たり相談したりして考えてもらい、授業の最後に各自が描いた恐竜の絵を教室に張り出しました。
母:とても楽しそうですね!
石川一郎さん:生徒さんたちは、小さな恐竜にとがった部位をつけたり、毒を持たせたりと、一生懸命に考え、授業に取り組みました。小学校でよく使う言葉に「目当て」や「見通し」というものがあります。しかし、「目当て」や「見通し」どおりに教員から結果を聞くより、いまあるものから先を見通して予想を立てるほうが、生徒さんたちはワクワクするんです。ワクワクする部分は大人もお子さんもそう変わりません。この授業をとおして、生徒さんたちは小さな恐竜が進化の過程でどのように身を守るための機能を獲得したのかを、教員からただ正解を聞いて覚えるのではなく、自分たちで考え学びました。
母:アクティブ・ラーニングのというのは、知識の積み重ねのなかから知的好奇心を引き出す手法なんですね。生徒さんたちが興味をもって、楽しんで学べるというのはとてもすばらしいことだと思います!
【関連記事】:お子さんの勉強に、
親はどのように関わるべき?
日本のアクティブ・ラーニングの「いま」とこれからの課題
石川一郎さん:いま日本で行われているアクティブ・ラーニングはほとんどが「アクティブ・ラーニングのようなもの」だと私は思っています。
母:「ようなもの」ですか?
石川一郎さん:はい。たとえば、最初に例に出した応仁の乱であれば、教科書のそのページを示して、生徒さんをいくつかのグループに分け「この争いについて自分たちで調べて、発表しなさい」という授業がいまの日本の学校で一般的に行われているアクティブ・ラーニングです。しかし、これでは「知識を覚える」「知識を要約する」という2つの段階で終わってしまいます。もちろん、自分で調べることで知識が身につきやすくなるかもしれませんが、アクティブ・ラーニングで一番大切なのは「クリティカル・シンキング」や「クリエイティブ・シンキング」の部分なんです。
母:アクティブ・ラーニングの意味が誤解されているということでしょうか。
石川一郎さん:そうですね。日本ではまだ「クリティカル・シンキング」や「クリエイティブ・シンキング」まで授業を発展させている学校や教員はそれほど多くありません。さきほど言ったような「自分ならどうするか?」といった、クリティカル(批判的)な問いはお子さんたちにとっても、知的好奇心を刺激するおもしろいものです。こうした「正解のない問い」に対していろんな意見が出るからこそ、学び合いの効果が得られると私は考えています。
教室長:教育の現場でも、新しい指導法に対してまだ混乱があるのかもしれませんね。
石川一郎さん:はい。事実、「アクティブ・ラーニングで基礎的な学力は身につくのか」という議論もあると聞きます。しかし、アクティブ・ラーニングとは、身につけた知識を論理的に展開させる学習なのです。知識がなければ論理的に考えることもできませんし、アイデアも出ません。
母:では知識を覚えることや基礎的な学力をつけることと、アクティブ・ラーニングのバランスはどのようにとっていくべきだと思われますか?
石川一郎さん:「全体の3分の1ほどをアクティブ・ラーニングの時間にあてるのがよい」というのが私の考えです。たとえば1コマ50分のうち35分は教科書の本文から知識を学ぶ時間にし、残り15分程度をアクティブ・ラーニングにあてるといった具合です。「正解のない問い」を投げかけてディベート形式などの学習をしていくことで、覚えた知識に対する理解もより深まっていくでしょう。
母:アクティブ・ラーニングについて、ほかにどのような課題があるんですか?
石川一郎さん:「アクティブ・ラーニングの評価をどうするのか」ということもよく話題になりますね。
母:決まった答えがないだけに評価するのが難しそうですね。
石川一郎さん:その点については、「ロジカル(論理的)かどうか」を測っていけばいいと思います。たとえば記述式の解答の評価のポイントは、5W1Hを意識しているか、因果関係をはっきりさせているか、理由の部分が客観的な意見かどうか、などです。決まった答えはありませんが、こうした軸に沿えばきちんと評価していけるのではないでしょうか。逆に、こうしたポイントで評価しますということを生徒さんたちに伝えていけば、論理的思考や論理的な文章の書き方を教えることにもつながると思います。
教室長:「現場の教員がアクティブ・ラーニングに対応できるのか」という点も問題になっていますね。
石川一郎さん:そうですね。いままでは正解を用意しておいて授業をまとめるのが一般的な授業の在り方でした。ですから、「正解のない問いを用意して、果たして授業がまとまるのか」という不安は多くの教員が感じていると思います。私が校長を務めた学校でも、最初は現場から不安の声もありましたが、実際に授業を始めてみて、生徒さんたちが生き生きと学ぶ姿を目にすると、教員の方々も安心してアクティブ・ラーニングの授業ができるようになりました。まずは教員のマインド(精神性)を変えていくことが必要だと、私は思っています。
母:やはり教員向けの研修なども必要になってきますね。
石川一郎さん:はい。私が行う教員研修では、アクティブ・ラーニングを教員自身に体験していただいたこともあります。実際に体験していただかなくても、アクティブ・ラーニングの実践例を見ていただき「同じテーマで授業をやってみる」ことが、アクティブ・ラーニングを授業に採り入れるきっかけになるのではないでしょうか。
日本の教育の転換期であるいま、家庭でできること
母:2020年には大学入試で新テストが導入され、それに伴い小学校、中学校、高校の教育指導要領も改訂されることになると言われています。日本の教育が大きく変わっていくなかで保護者ができることはどんなことでしょうか?
石川一郎さん:保護者の方には「お子さんの将来に対する価値観をどこに求めるか」ということをよく考えていただきたいですね。
母:私としては成績がそこそこでも、やりたいことを見つけていってくれればいいと考えています。
石川一郎さん:そういった意見も多いです。これまでの日本では、学力的中間層のお子さんたちは「言われたことをきちんとこなす」という傾向になりがちでした。こうした層は今後、急速に発達するとみられる「AI(人工知能)」に取って代わられるのではないかと私は危惧しています。
母:確かに言われたことを機械的にこなすだけなら、AIにもできますね。
石川一郎さん:もちろん高度な教育を受けられる高校を選択肢の1つとして受験に打ち込むのもよいと思います。しかし、もっとも大切なのは、お子さんのどんなところを伸ばしてあげるかということを、家庭の考えとしてしっかり持つことなのです。
母:では、具体的に保護者はどのようなことをすればいいのでしょうか?
石川一郎さん:まずはお子さん自身が興味のあることを発見できるように、幅広い体験をさせてあげてください。自然とのふれあいや歴史館や科学館での学び、読書などがおすすめです。
母:幅広い体験をさせたほうがいいというのはよく言われますね。それ以外にできることはありますか?
石川一郎さん:お子さんは家庭の外でさまざまな体験をしてきます。家に帰ってきて「今日はこんなことがあった」という話をよく聞いてあげてください。そうした話のなかにこそ将来へのヒントがあるはずです。このとき気をつけたいのは、①「ほかのお子さんと比較しないこと」、そして②「『そんなバカなこと」と大人の目線でお子さんの発想を否定してしまわないこと』の2つです。「そうなんだ」「それは楽しそうだね」と 共感的に聞いてあげてください。
これからの時代で求められるのは、いままでの常識では「そんなバカなこと」と思われていたような発想だと私は思います。
教室長:それこそAIには絶対にできないことですね。
石川一郎さん:そのとおりです。AIにとってはバグと言えるような発想こそ、これからの社会を担う人材に求められるものではないでしょうか。特に中学校1年生の終わりころから中学校2年生にかけては、反抗期を迎えて難しい時期ではありますが、「あなたはなにが好きなの」「やってみたいことはある?」と問いかけ、対話を続けてください。そうしてお子さんと向き合うことが、お子さん自身が自分の進む方向を見つける土台になっていくはずです。
教室長:2020年に向けて日本の教育が転換期を迎えていることは間違いありません。これはよいチャンスでもあるのかもしれませんね。
石川一郎さん:もちろん教育の現場でも努力が続けられていますが、いままでのように学校にまかせきりではすまない時代がやってくるでしょう。保護者の方もお子さんの個性やよいところをどうやって引き出すかを考えながら、サポートをがんばっていただきたいと思います。
(※)参考:平成24年8月中央教育審議会「答申」の用語集
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325047.htm
(プロフィール)
石川一郎 (いしかわ いちろう)
「香里ヌヴェール学院」学院長。「アサンプション国際小・中・高等学校」教育監修顧問。「21世紀型教育機構」理事。1962年東京都生まれ。小学校4年生から私立学校に学ぶ。1985年早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。母校である暁星国際学園のほか、ロサンゼルスインターナショナルスクールなどで教鞭を執る。前「かえつ有明中・高等学校」校長。2000年代初めからアクティブ・ラーニングを研究、実践している。著書に『2020年の大学入試問題』(講談社現代新書)、『2020年からの教師問題』(KKベストセラーズ/ベスト新書)がある。
香里ヌヴェール学院 中学校・高等学校
http://www.seibo.ed.jp/nevers-hs/
アサンプション国際中学校高等学校
https://www.assumption.ed.jp/jsh/index.html
21世紀型教育機構 | 21st CEO
http://21kai.com/ja