2020(平成32)年度からの小学校高学年での外国語の教科化などの教育改革によって、英語に対する関心が全国の保護者の間で高まっています。「学校の英語はどう変わるの?」「英語の効果的な勉強法は?」など、気になる疑問を田中敦英(たなか・あつひで)さんにうかがいました。
目次
2020年以降、学校の「英語」はどう変わる?
教室長:2020年から実施される新学習指導要領では、小学校高学年で外国語が教科化(※1)されることになりました。中学校、高校でも外国語教育の充実が改訂のポイント(※2)として挙げられています。日本では英語に苦手意識のある人も多い中で、今後、学校の英語の授業はどう変わっていくのでしょうか。今回は、中高一貫校の教師であり、中学生向けのラジオ番組で講師もされている、田中敦英先生にお話をうかがいます。
母:小学校の5、6年生で外国語が教科化されて、3、4年生から外国語活動が始まるんですよね。中学校や高校の英語の授業にも影響があるんでしょうか?
田中敦英さん:私の勤めている中高一貫校でも、小学校から中学校への連携をどうするべきかということを発端に話し合いをはじめています。今までは、小学校の外国語活動で英語に親しむ機会はあったわけですが、その内容は学校によってバラつきがありました。中学校ではある意味、1から英語を学びましょうというスタンスでいたわけです。ところが、新しい学習指導要領の下では小学校で教科として学んだことを踏まえて、中学校の授業を考える必要が出てきました。
母:中学校の英語が難しくなる、ということもありえるんでしょうか?
田中敦英さん:難しくなると言うよりも、小学校で英語が教科化されることによって、英語の学習内容の一部は小学校で習得済みとみなされる可能性があるというイメージです。10数年前は、中学校の新入生には英語の知識がほとんどないことを授業の前提としていました。たとえば、 “Excuse me.”という日常会話のフレーズも聞いたことがないかもしれないと考えて、英語の授業を始めていたわけです。ところが、今は小学校の外国語活動で、おそらく“Excuse me.”はもちろん、“Do you like~?”とか“I don’t like~.”、場合によっては“He has ~.”といったフレーズも聞いたことがあるだろうと考えます。こんなふうに、中学校に入ったときにすでに知っている定型表現や身近な単語・連語の数が、今までよりも結果的に増えていくという可能性はあると思います。
教室長:「覚えるべき単語数」について、中学校では現状1200語であるのに対し、新学習指導要領では1600~1800語と設定されていることも、注目される点です。また「授業は英語で行うことを基本とする」という一文も加えられているようですね。
田中敦英さん:はい。ただ、中学校や高校では、現行以前の学習指導要領から「コミュニケーションに根差した英語教育を」ということは言われてきました。実際の授業でも、コミュニケーションに使うことを意識して英語を教えようとしている先生のほうが多いはずです。ですから、新しい学習指導要領ではその点を定義し直したと考えたほうがいいでしょう。今後は、英語でコミュニケーションをとることがより重視されるようになっていくと思います。
母:「学習指導要領が変わる」と聞くと、劇的に変わるような気がしてしまいますけど、実際はゆるやかな変化と思ったほうがいいのかもしれませんね。
田中敦英さん:そうですね。英語は1つの言語ですから、学ぶべきことが本質的に変わるわけではありません。教え方や学び方についての意識をアップデート(更新)していこうというのが、学習指導要領の主旨と言えます。
母:大学入試の外国語も「読む」「書く」「聞く」「話す」の4技能を問うかたちに変わるということで話題ですね。高校入試にも影響があるんでしょうか?
田中敦英さん:大学入試の改革についてもまだまだ流動的な状態ですので断言は難しいです。ただ、全体の大きな流れとしては、単純な和文英訳や、指定された連語でつくる作文といったような問題は減っていくかもしれません。それに代わって、英語を読んだり聞いたりして、それに基づいて作文を書くといった、技能をつなげていく問題が出題される傾向が強くなるだろうという気はしています。
母:「読む」「聞く」と「書く」の技能をつなげて答える問題ですね。「話す」技能に関してはいかがですか?
田中敦英さん:高校入試で広く英語のスピーキングや面接が導入されるかというと、まだなんとも言えない状況ですね。どちらにしろ、今後、高校入試でも大学入試でも、スキルとして英語を使えるかどうかを問う問題が増えるということは、予想できるでしょう。
21世紀に身につけておきたい「英語力」とは?
教室長:これまでの日本の英語教育では英語を話せるようにならないという意見も多くあります。グローバル化が進む21世紀を生きていくために、生徒さんたちに身につけてほしい「英語力」とはどのようなものでしょうか?
田中敦英さん:いくつかありますが、音声面では「英語らしさの最小限の特徴をとらえて英語を話せること」が大切だと思います。さまざまな言語を話す人たちが集まってコミュニケーションをするような場面では、どんな国の出身の人にとってもわかりやすい英語を使えることがとても大事です。ネイティブスピーカーのようでなくてもいいんですが、英語らしい音声やリズムの特徴を学ぶ必要があります。
母:確かに英語は国際的に広く使われているけれど、母国語が英語という人ばかりじゃないですものね。
田中敦英さん:はい。英語のネイティブスピーカーでもそうでなくても、ある程度共通して「聞きやすい英語」というのがあるんです。それは発音のポイントであったり、リズムやイントネーションであったりします。英語らしい英語の音を聞いたり出したりすることを意識していないと、発音が聞き取りにくいクセがついてしまうことがあります。できれば小学生や中学生のうちに英語らしい音声を、しっかりと身につけていけるといいなと思います。
母:「こんなお子さんは英語の上達が早い」というような例はありますか?
田中敦英さん:学校で生徒たちと接していて感じることなんですが、日常的にどれだけ言葉を使ったコミュニケーションをとっているかということが、大きな違いにつながります。
母:それは日本語で、ということですか?
田中敦英さん:そうです。たとえば「保護者面談の希望調査用紙をなくしてしまいました。一部もらえませんか?」と言いたいとき、「先生、プリントが…」としか言わない中高生がとても多いんです。これでは英語でも全く同じことが起こってしまうんですね。よく勉強して仮定法や過去分詞を知っていても、「このプリントをなくしてしまったから、もらえませんか」ときちんと言う習慣がないと文を作って言うことはできません。そもそも日本語でそれをしていないからです。日本語でも、英語でも、どの言語であっても、言葉をきちんと使って人とかかわろうとする態度がとても大事だと思います。
母:なるほど!そう言われると、うちの子も一言で済ませようとすることが多いかもしれません。
田中敦英さん:家庭や学校というのは、同じ文化を共有する共同体でもあります。そうした共同体のなかでは、少ない言葉でもまわりの大人が言いたいことを察してしまいがちなんです。でも家庭や学校を一歩出た時には、少ない言葉では伝わりにくくなる。ましてや、外国の方とコミュニケーションをしようという時には、よりていねいに言葉を使う必要が出てきます。日ごろから、大人も子どもも、なるべくふんだんに言葉を使ってコミュニケーションをとるという意識を持てるとよいと思います。
母:ふだん使っている日本語も言語ですから、ていねいに使うことで英語の上達にもつながるんですね。家の中でも気をつけてみます!
「英語力」というと「読む」「書く」「聞く」「話す」に分けて問われることもありますが、どのスキルが特に大事だと思いますか?
田中敦英さん:なにができるようになりたいか、どんな場面で使うのかによって、必要な語学力というのは違ってくると思います。英語を使って仕事をする、大学で講義を受ける、パーティーで会話をする。必要なスキルは、重なり合うものの、少しずつ違ってきます。
母:コミュニケーションをとるためには、積極的に話すことが大切だという意見もよく聞きます。
田中敦英さん:英語を学ぶ上では、「読む」「聞く」の2つがとても重要だと、私は考えています。もちろんどのスキルも大切なんです。ただ、自分の意見をアウトプットする前提として、相手の意見をきちんと理解しているかどうかは、出発点としてとても大事です。インプットがあやふやなままアウトプットすれば、誤解が生じることもあるかもしれません。ですから、文章を読めているか、話を聞けているかということは、コミュニケーションのベースとして、とても大切なことなんだと意識してほしいと思います。その上で、話したり書いたりする練習はできるだけたくさんしたほうがよいと思います。
音声をベースに学習するのが、英語上達への近道!
母:効果的な英語の勉強法についても、ぜひ教えていただきたいです。
田中敦英さん:私がよく言うのは「英語は音を楽しみながら学ぼう」ということです。さきほど「英語らしい英語の発声」についてお話しましたが、そのためには口のまわりの筋肉をよく動かす必要があります。
教室長:日本語に比べて、英語の発音は口のまわりの筋肉をよく使う印象がありますね。
田中敦英さん:そのとおりです。特に唇と舌先の筋肉は、ある程度鍛えると英語らしい音を出しやすくなります。英語の発音もスポーツの練習と一緒で、まず筋肉を動かしてみて、くり返し動きを練習しましょう。先生の発音をよく聞く、あるいはラジオ講座や、CDなどの英語教材、インターネットの動画などをくり返し聞いて真似をすること。そうすることで、発音がすこしずつよくなっていきます。小学生や中学生のうちにこうした練習をしておけると、クセのない聞きやすい発音を身につけることができますよ。
母:発音の練習は「よく聞いて真似してみることから」ですね。では、単語や連語を覚えるためのコツはありますか?
田中敦英さん:単語を覚えるときはただ書くだけではなくて、くり返し読みながら書くほうがいいですよ。というのも、私たちは、言葉を読んだり、書いたりするときにも、口には出さなくても頭のなかで音を再現しながら処理しているからです。
母:確かにその感覚はありますね!
田中敦英さん:英語でもきちんとした発音がわかっていると、聞き取れるのはもちろんですが、読むときも書くときもスムーズにできます。反対に、綴りも意味もわかっているけれど、音がわからないと、読み書きの正確さやスピードが落ちることがあります。さきほど言ったような発音や音読の練習は、読み書きの学習から独立しているように見えて、実は英語の学習すべてのベースになるものです。単語だけではなくて、授業で出た例文などを音読してみるのもおすすめです。
母:音を意識すること、ですね。うちの子にも発声や音読をすすめてみます!
田中敦英さん:私がもう1つよく言うことは、「自分のなかで印象に残す工夫をしよう」ということです。読みながら書くだけでは覚えにくいときは、単語の意味を連想させる絵を描いたり、好きな曲の歌詞と結びつけて考えたりしてみましょう。たとえば、辞書にのっている例文がいまいち頭に入ってこないのは、主語が自分とは関係ない人だからだったりするわけです。人物を自分の生活に引きつけて考えてみる。たとえば、親友に置き換えてみると、バッチリ覚えられるということもあります。自分が使うものとして英語をとらえることができるんですね。
母:なるほど! ほんのひと工夫ですけれど、覚えやすくなりそうです。
教室長:中高生にとって英語は苦手意識を持ちやすい科目とも言われていますね。英語に苦手意識のある生徒さんはどのように勉強を進めたらいいと思われますか?
田中敦英さん:私の印象としては、英語が苦手な生徒さんは実はすごく真面目という気がしています。文字と発音の対応が単純でなかったり、文の構造が日本語と違ったりするため、英語は複雑に見えてしまう部分もあります。be動詞だけを見ても3種類とそれぞれの活用形を使い分けなければいけない。そうした細かい部分をすべて理解しないと先に進めない、という真面目さが逆に学習のネックになってしまうというところがあるかもしれません。
母:うちの娘も英語が苦手なようなんですが、そのタイプかもしれません。どうしたら克服できるでしょうか?
田中敦英さん:その場合は、英語を学ぶときに、授業や勉強以外で英語に触れる経験があったほうが、うまくいくだろうと思います。「英語」=「英語の授業」になってしまうと、真面目にやらなければいけないものになってしまいます。英語は特にそうなりがちな教科でもあると思うので、勉強ももちろん大切ですが、もう一方で、英語を使って楽しめる場面を見つけられると楽になるかなと思います。
母:楽しめる場面というと、たとえばどんなことですか?
田中敦英さん:英語の入り口としてよく挙げられるのは、海外ドラマやスポーツですね。海外ドラマを英語の字幕つきで見たいとか、自分の好きなスポーツの新聞記事を読んでみたいとか、自分の関心が持てそうなことを探してみてください。最近では、自分の好きな分野の英語で配信されている動画を見て英語に親しむこともできますね。そんな楽しみがあると、英語の勉強も楽しめるきっかけになるでしょう。
母:確かに楽しい部分があったほうが、勉強も進めやすそうですね。英語を楽しめる場面を、娘と一緒に探してみたいと思います。
英語を学ぶことで世界が広がる!英語を学ぶメリットとは?
母:私たち保護者の世代は、英語が苦手な人が多いと思います。英語を学ぶ意義やメリットを、どんなふうにうちの子たちに伝えていけばいいでしょうか?
田中敦英さん:世界にはさまざまな言語があるわけですが、文字と読み方の対応が複雑な中国語や、格変化が多様なロシア語などに比べて、英語は実は構造的には比較的シンプルな言語だと言われています。英語を話す人の人口もとても多い。英語を公用語とする国の人だけでなく、さまざまな国の人とも、英語を通じてやりとりができる。そうしたツールとしてのメリットだけを考えても、英語を学ぶことによって自分の世界が広がることは、大きな意義だと言えます。
教室長:今、英語教育が注目されている理由もそのあたりにありそうですね。
田中敦英さん:大きな視点で考えるとそうなります。ただ、新しい言葉を学ぶ意義というのは、すごく個人的なところに帰結するような気がするんです。私が英語を好きになったのは、英語で話しているときは日本語で話しているときと、違う自分になれる気がしたからなんです。英語は自分の感情や意見をはっきり言葉に出して言う文化であり、言ってもいい文化でもあります。英語を学ぶことで新しい自分を発見できたことが、私にとってとても魅力的だったんですね。
教室長:言語を学ぶことは文化を学ぶことにもつながりますし、そういった意味でも世界が広がっていくだろうと思えます。
母:田中先生にとって、英語は新しい世界を開いてくれたものなんですね。とても素敵です!
田中敦英さん:もちろん、学ぶ人によって動機はさまざまです。新しい言語を学ぶということは果てしのない部分もありますから、学び続けるモチベーションを保つために、自分なりの動機を見つけることが大事なのではないでしょうか。
母:ピッタリの動機が見つかるどうかすこし不安です。
田中敦英さん:英語を学び始める小学生や中学生のうちは、まわりの大人がすこし背伸びした世界を見せてあげるのも家庭での英語教育の1つだと思います。洋楽の歌詞をヒントにしたり、英語の物語や新聞を教えてあげたり、お子さんだけでは気づけないような世界を見せてあげられるのは保護者のサポートあってこそでしょう。
母:一緒に観られる海外ドラマを探したりするのも、楽しそうです! ほかに家庭でもできることはありますか?
田中敦英さん:保護者も一緒に英語を学ぶのもいいと思います。会話形式の例文を役割を決めて読み合ってみたり、ある曲の歌詞を一緒に読んでみて意味がわからない語句を辞書でひいてみたりと、英語に自信がなくても復習のつもりで一緒に楽しめるといいですね。英語は言語ですから、1人で学んでいてもつまらないという面もあります。保護者でも兄弟でも、一緒に楽しく学べる相手がいることは、モチベーションの維持にも効果的です。
母:さきほど話に出た、言葉をきちんと使ってコミュニケーションをとるというのも家庭でできる英語教育になりそうですね。
田中敦英さん:そうですね。思春期の、特に男の子は無口なお子さんが多いものですが、そんな時期でも言葉を使ったコミュニケーションは意識したいですね。話しかけても答えないからといって、放っておいてしまうのは、もったいないです。その時は無口に見えても、実はさまざまな言葉を吸収していて、高校生くらいになって驚くほど大人っぽいことを言ったり、筋道立てて話せるようになったりすることもあるんですよ。
母:うちは男の子2人なので、そう言っていただけると希望が持てます。言葉をきちんと使うこと、しっかり意識していきたいです。
教室長:最後に、特に中学生・高校生が英語を学ぶときに覚えておいてほしいことを、教えていただけますか?
田中敦英さん:これは私の持論なんですが、「英語は中学」です。中学校で習う語彙、文法、もちろん発音も含めて、しっかり使いこなせると、かなりのことができるはずなんです。
教室長:中学生はそれくらい大事な内容を学んでいるんだという意識を持てると、基本がしっかり身につくでしょうね。
田中敦英さん:そのとおりです。高校生、大学生になっても中学生の内容に戻ることは、決して恥ずかしいことではありません。中学校で学んだことは、高校、大学と進んで、大人になっても英語力のベースになる、とても大事な内容になります。英語の勉強を進めていて辛くなったとき、不安になったときは、中学生向けの教科書や参考書を開いてみてください。また、ここ10年ほど、インターネットが発達したおかげで、英語に触れる機会も増えました。学校の授業だけでなく、学校外の機会も上手に活用できれば、英語の学習をより楽しむことができるでしょう。
(※1)
小学校学習指導要領 平成29年3月告示
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/05/1384661_4_3_2.pdf
文部科学省 幼稚園教育要領、小・中学校学習指導要領等の改訂のポイント
https://www.mext.go.jp/content/1421692_1.pdf
(※2)
高等学校学習指導要領改訂のポイント
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/
__icsFiles/afieldfile/2011/03/30/1234773_002.pdf
中学校学習指導要領 (平成29年3月31日公示) 比較対象表
https://www.mext.go.jp/content/1384661_5_1_2_1.pdf
(プロフィール)
田中敦英(たなか・あつひで)
1979年東京生まれ。東京外国語大学大学院博士前期課程修了。桐朋中学校・桐朋高等学校で15年間教壇に立つ。2016年度よりNHKラジオ「基礎英語1」で講師も務めている。著書に高等学校英語教科書『English Navigator I』、『English Navigator II』(共著、旺文社)、中学校CDシリーズ英語『声に出すリスニングトレーニングCD』(共著、ELEC同友会英語教育学会監修、クリエイティヴ・コア)などがある。