「うちの子、勉強にやる気が出ないみたい」「成績を上げるには、どうしたらいいの?」―いつの世も、お子さんの勉強について保護者の心配はつきません。今回は、受験のプロとして、個人指導や教育相談のキャリアを40年以上お持ちの松永暢史(まつなが・のぶふみ)さんにお話をうかがいました。
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「いい大学に入ること=子どもの能力を伸ばすこと」ではない
教室長:松永さんは40年以上、個人指導や教育相談など、受験のプロとして活動されてきたそうですが、教育の世界に入られたきっかけはどういったものだったのでしょうか?
松永暢史さん:大学生のときに始めた家庭教師のアルバイトで手ごたえを感じたのがきっかです。うれしいことに、「あのお兄さんに教えてもらえれば、どんな高校でも合格できる」とうわさになるくらい評判になりました。大学4年生のころには週に20コマほど授業を受け持っていたものです。
母:そうだったんですね。松永さん独自のメソッドをお持ちと聞いていますが、指導にあたって大切にされていることはどんなことですか?
松永暢史さん:子どもたちにとって、「これからの人生を生きていく力」のもととなるのは、感受性であると私は考えています。道端の石や虫、日常で耳にする音、感じるにおい、味など、お子さんの「おもしろい!」「これは何だろう?」という好奇心を伸ばしてあげたいんですよ。好奇心は感受性があるからこそ生まれるものではないでしょうか。
母:確かにそうですけど、保護者としてはまずなによりも、きちんと勉強してほしいと思ってしまいます。
松永暢史さん:将来にかかわることなので、敏感になる気持ちもよくわかります。しかし、子どもは遊びをとおして、自分で考えたり、疑問に思ったことを調べたり、発見をしたりする力を磨いているんです。もし子どもが夢中になれるものを見つけたときは、頭ごなしに否定せず、見守ってあげてください。
母:遊んでいるように見えても、うちの子にとっては大事な学びの時間になっているかもしれないんですね。とはいえ、受験のことを考えると、勉強以外のことも温かい目で見守ってあげられるか不安です。好奇心を育ててあげたい半面、もう中学生なので、受験に向けての勉強をしてほしい気持ちも大きいです。今は受験のために、うちの子の通塾を考えています。
松永暢史さん:通塾を検討する際には、「子どもの能力を伸ばす」とはどういうことか、もう一度よく考えてみてください。ITが急速に発達したり、グローバル化が進むことで、社会は大きく変化しようとしています。自分で課題を見つけ探求することは、文部科学省が打ち出している2020年の教育改革で求められている人物像とも重なります。
教室長:今回の教育改革も、「従来型の学校教育では、これからの時代でものびのびと活躍できる人材が育たない」という現場教員の声から始まっているそうですね。
松永暢史さん:はい。特に小学校4、5、6年生のうちは、好奇心を刺激する体験や遊びを多く経験させてあげたい時期です。感受性や好奇心を刺激することで、自ら進んで勉強する力のベースができていきます。今は勉強にあまり熱心でなくても、たくさん刺激を受けた子どものほとんどは、中学2年生から3年生になるころに「このままでは、まずい!」と自分で気づいて勉強するようになります。子どものうちに「勉強」以外の世界があることを知っていたほうが、これからの人生が豊かなものになっていくと思いませんか?
ご家庭でも「みんなが行っているから」という理由で塾を検討するのではなく、興味や関心を伸ばしてあげることを大切にしてあげてください。
子どものやる気・集中力をアップさせる方法
母:うちの子は宿題も私に言われてから手をつけるような状態です。とても心配になります。勉強に対してやる気にさせたり、集中力をアップさせたりするには、どうしたらいいでしょうか?
松永暢史さん:なるほど。お気持ちはわかります。しかし「子どもを集中させる方法」というものは、本当にあるのでしょうか?「宿題をやりなさい」と言われてしまうと、子どもにとってそれは単に与えられたタスクということになります。与えられたタスクというのは、子どもにとっておもしろいものではありません。おもしろくないから集中できず、たとえ宿題を終わらせたとしても、やらなければいけないことを我慢してやる練習にしかなりません。
母:確かに…言われてやる宿題はおもしろくないですよね。
松永暢史さん:私はよく、「自分の子どもがなにかに集中しているときの顔をよく見てください」と保護者に言っています。バーチャルな体験であるゲームはすこし違う点もあるかもしれませんが、たとえば虫が好きとか、本を読むのが好きとか、子どもによって夢中になるものがなにかあるはずなんです。なにかに夢中になっているときは、その集中を妨げないであげてください。
母:お子さん自身が興味のあることで、集中する感覚を養うということでしょうか?
松永暢史さん:はい。私の教室では、子どもたちに「今日は問題がすらすら解けて調子がいいと思う日はない?」とよく聞いています。子どもが「ある」と答えたら、「調子がいいと思うことがあったら、できるだけ長く引っ張りなさい」と話します。集中している状態を意識する。集中を維持することを意識する。これをくり返すことで、だんだん集中力をコントロールできるようになりますよ。中学2年生、3年生くらいになると、「集中して勉強に取り組むこと」を自分で理解できるようになってきます。
母:集中を妨げないことと、集中している状態を意識させること、が大事なんですね。集中力アップのために、家庭でできることはありますか?
松永暢史さん:当たり前のことですが、テレビを一日中つけっぱなしにしておくのはよくありません。気が散ってしまうのはもちろん、テレビからはたくさんの情報が一方的に流れてきますよね。頭が情報でいっぱいになってしまい、勉強したことが頭に残りにくくなってしまいます。同じように、スマートフォンも「1日1時間まで」など、家庭のルールを決めておきましょう。子どもが集中しやすい環境をつくるために、保護者も一緒にルールを守ってくださいね!
「国語力」を伸ばす!松永流・音読法と漢字記憶術
教室長:松永さんはご指導のなかで「国語」を重要視されているそうですが、それはなぜですか?
松永暢史さん:数学、理科、社会、どの教科でも、日本語の問題を読んで、日本語で解答しますよね?
すべての教科の基礎となるのが、日本語を正しく理解する力なんです。今までの日本の教育では、テストの問題を解かせるばかりで、日本語をよく理解するための文章の読み方や書き方は教えられていないと感じていました。作文が苦手な小学生が多い理由も、これと同じではないでしょうか。ですから私は「国語力」を鍛えることを重視しています。
母:「国語力」を鍛えるために、どんな授業をされているんですか?
松永暢史さん:私の教室では、日本語の核となる部分をつかむために、たとえば『古今和歌集』や『源氏物語』、『徒然草』といった古典の音読から始めます。こうした古典は、平安時代から鎌倉、江戸と時代を経て受け継がれ、知識階級の人たちの文章のベースとなっているものです。この文章のベースは現代の文章にも続いています。古典の音読を通して、日本語独特の音やリズムを体得することで、日本語はグッと読みやすくなります。
母:古典の音読ですか!学校やほかの塾ではあまり聞きませんね。
松永暢史さん:そうかもしれませんね。作文も、日本語のリズムが身についていると書きやすくなります。音読だけでなく、小中学生のうちから和歌や短歌、俳句や川柳のような限られた音数で短い文章をつくるのもいいと思います。
母:それはおもしろそうですね。うちの子も作文はあまり得意ではないようなのですが、生徒さんにはどういうふうに教えていらっしゃるんですか?
松永暢史さん:作文は、頭のなかにあることを全部メモに書き出し、出てきた言葉をパズルのようにつなぎ合わせるよう指導しています。もちろん「この言葉はここにあったほうが、意味がわかりやすいんじゃない?」などの声はかけますが、基本は言葉をパズルのように組み合わせてもらっているだけです。これだけで、だれでも作文が書けるようになりますよ。
教室長:漢字の指導法も松永先生独自のものだそうですね。どんな指導をしていらっしゃるんですか?
松永暢史さん:私の教室では、「漢字の覚え方」を教えています。学校や塾でも「漢字の覚え方」を教えているところはほとんどないでしょう。覚え方を知らずに同じ漢字を書いても、あまり意味がありません。私、松永流の漢字の覚え方は、漢字を頭のなかでイメージすることから始めます。「成就」の「就」の字を例に考えてみましょう。
- 「みやこの京に犬に似たつくり」など、漢字の部首やつくりを声に出して説明します。読み方も声に出して言ってみましょう。
- 次に「景」「涼」など、「京」が入っている「就」に似た漢字を思い浮かべます。「就職」「就業」と熟語を連想するのもいいでしょう。
- 頭のなかでスタジアムの電光掲示板を想像し、そこに「成就」と表示させズームアップしたり発光させてさらに印象を強めます。
- 最後に、漢字を鮮明にイメージしたところで、1回だけていねいに漢字を書きます。
こうしたトレーニングをくり返すことで、漢字の意味や漢字もスラスラ覚えられるようになります。漢字の意味や読みも同時に頭に入りますから、ただ書いて覚えるよりも効率的に覚えられるはずです。
母:とてもユニークで、おもしろそうな覚え方ですね!うちの子にも伝えてみます。
塾に通うことのメリット・デメリット
教室長:長年、教育相談を受けてきた松永さんは、塾に通うことのメリットとデメリットは、どういったことだと思いますか?
松永暢史さん:小学生のうちから塾に通うことにメリットはあまりない、というのが私の考えです。一部の進学塾ではたくさんの宿題が出されているそうですが、子どもにとっておもしろくないタスクが増えてしまうことで、必要以上に疲れてしまったり、勉強ぎらいになってしまうおそれがあると感じています。ただし、あまり勉強をしない子どもや、集中することが少ない子どもにとって、塾は勉強することを意識させる場になりうるのではないでしょうか。
母:友だちのお子さんは、塾に通いはじめてからグンと成績が伸びたそうです。講師との相性がいいと話していました。
松永暢史さん:そういったケースは結構多いと思います。大好きな講師に出会えることが、塾に通ういちばんのメリットです。熱心で勉強を教えるのが上手ということはもちろんですが、「今日学校でこんなことがあってね」と、勉強以外の話もよく聞いてくれる講師に出会えたら最高だと思います。
母:確かに、信頼できる講師に出会えたら、塾が楽しい場所になり、自然と勉強もおもしろくなると思います。
松永暢史さん:社会の変化と共に子どもの目標や性格、悩みも多様化してきています。そんななか、1クラスに1人しかいない学校の先生が、生徒さん1人ひとりに対応できるのかが問題になっていますね。そういう意味では、1人ひとりを見られる少人数制の個別指導塾は、いい講師に出会える確率が高いといえるかもしれません。
教室長:個別指導塾のなかでも、相性のいい講師を見つけやすいように、複数の講師のなかから自分の担当を選べるシステムをとっているところもあります。相性のいい講師を探すために何校も塾をまわるのは大変でしょうから、まずはこうしたシステムの個別指導塾から試してみるのもいいかもしれませんね。
子どもの感受性を伸ばすにはキャンプがおすすめ
教室長:松永さんの教室では、自然のなかで過ごす「合宿」も行っているそうですね。
松永暢史さん:ITの発達で世の中には大量の情報が氾濫しています。つねに情報のなかに身を置いていると、どうしても本当に必要な知識を吸収しにくくなってしまいます。そんな状態でする勉強は、効果的とは言えません。ですから、自然の多いところに合宿へ行き、川、雪、たき火などに触れることで、心と身体をリフレッシュさせてあげたいんです。また、自然のなかには子どもの好奇心を刺激するものがあふれています。たくさん刺激を受けて、感受性を磨くこともこの合宿の目的のひとつです。
母:おもしろそうですね。合宿では、どんなふうに過ごすんですか?
松永暢史さん:もちろん勉強する時間は決めてありますが、休み時間は自由にしています。川で遊ぶ、虫を追いかける、バットを持ってきて野球をするなど、子どもたちはそれぞれが好きなこと、興味のあることをしています。子どもを自由にさせると、大騒ぎになって大変ではないかと心配されるかもしれませんが、自由時間はとても調和的です。みんな実に楽しそうにしています。
母:確かに、そんなふうにのびのびと過ごす時間がお子さんには必要なのかもしれません。
松永暢史さん:お忙しいとは思いますが、可能であればご家庭でもキャンプなどに行くのをおすすめします。私の経験談ですが、キャンプに行くようになった子どもは、本当に勉強ができるようになります。最初に「子どもの好奇心を伸ばす」という話をしましたね。「興味があること」「やりたいこと」は1人ひとり違います。自分の子どもがどんなことに集中しているのか、どんなことに興味があるのかを見つけてあげることも、保護者やご家庭の大きな役割です。大切なことを見落とさないよう、しっかりと子どもを見守っていてあげてください。
参照:松永暢史(2017)『マンガで一発回答 2020年大学入試改革丸わかりBOOK』ワニ・プラス
(プロフィール)
松永暢史(まつなが・のぶふみ)
1957年東京生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒。V-net教育相談事務所主宰。教育環境設定コンサルタント。学習アドバイザー。能力開発インストラクター。学生時代から家庭教師を始め、受験のプロとして国語を中心に40年以上の個人指導経験を持つ。音読法、作文法、サイコロ学習法などさまざまな学習法を開発し、教育コンサルタントとして講演・執筆など多方面で活躍中。主な著書に『男の子を伸ばす母親は、ここが違う!』、『女の子を伸ばす母親は、ここが違う!』(ともに扶桑社、2006年)、『「ズバ抜けた問題児」の伸ばし方―ADHDタイプ脳のすごさを引き出す勉強法』(主婦の友社、2017年)、『マンガで一発回答 2020年大学入試改革丸わかりBOOK』(ワニ・プラス、2017年)などがある。
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