今や全国の小・中学校で不登校の児童生徒数は13万人以上(※1)とも言われており、不登校に悩むお子さんと保護者は増え続けています。今回は、約30年間、再登校の支援を続けている小野昌彦さんに不登校の現状とその解決策について聞きました。
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不登校増加の背景と日本の義務教育の機能不全
教室長:文部科学省の平成28年度の調査では、全国の小学校・中学校で不登校の児童生徒は13万人以上。特に中学生で割合が高く約3%が不登校という結果が出ています。こうした状況の中、小野昌彦先生は行動療法に基づいた再登校支援を30年近く続け、これまでに不登校対策のスーパーバイザーとして20校で不登校ゼロを達成、5市で不登校を半減させ、300人近いお子さんの再登校を達成されたそうです。
母:1人再登校させるだけでも大変そうなのに、300人とはすごいですね!不登校のお子さんは年々増えていると言われていますが、それにはどんな背景があるのでしょうか?
小野昌彦さん:私は、日本では義務教育に関して法的な視点が欠けていることが、大きな問題だと考えています。小・中学校の初等教育を義務教育と言いますが、みなさんはだれに義務があると思いますか?
母:子どもには学校に行く義務がある、ということでしょうか。
小野昌彦さん:実はそれは間違いで、お子さんには学校に行く義務はないんです。正しくは、お子さんには義務教育を受ける権利があります。初等教育を受けさせる義務はだれにあるかというと、保護者にあるんですよ。不登校はお子さんの教育を受ける権利が侵害されている状態と言えます。日本ではこうした義務と権利といった法的なリテラシーが、諸外国と比べて弱い。たとえば、ドイツでは一定期間子どもを学校に行かせないと保護者に罰則があり、それに従わないと収監されます。お子さんが学校を休みがちなのに対策をしないのは、消極的児童虐待だという認識があるんですね。
母:なるほど。保護者は子どもを学校に通わせる義務があるんですね。そういうふうに考えたことはなかったかもしれません。
小野昌彦さん:もう1つ日本の教育で問題だと思うのは、進級や卒業の要件があいまいなことです。たとえば、フィンランドの学校では学年ごとの学習内容がどれだけ身についたかをはかる到達度テストがあり、その結果によっては小学生でも留年を選ぶことがあります。それだけ初等教育を身につけさせることが将来の自立につながる大切なことだという考え方が国としてはもちろん、保護者のあいだにもあるんですね。ところが、日本では到達度テストはありませんし、私の知る限り欠席を理由に卒業を認めないということも、ここ5~6年は行われていません。
母:確かに、義務教育だから留年はないし卒業できないなんてこともない、という認識がありますね。
小野昌彦さん:不登校に対しても文部科学省は1992(平成4)年の通知をはじめとして、不登校の児童生徒が学校外の公的施設である教育支援センターや、民間施設であるフリースクールに通所している場合、学校での出席として認める措置をとっています。 (※2) ここで考えたいのは教育の質の問題です。小・中学校では教員養成を受け試験に合格した教員が、学習指導要領のもとカリキュラムを組んで授業を行っています。学校へ行く一日と学外の施設に行く一日は、教育の質を保障するという観点からは、同じものと考えるべきではないでしょう。
母:ここまでお話を聞いて、子どもの教育を受ける権利を保障するという考え方の大切さがわかってきました。
小野昌彦さん:不登校のお子さんのなかには、何年も学校に行っていないという例も少なくありません。それでも卒業できてしまう日本の現行の制度に、私は大きな危機感を覚えています。子どもの教育を受ける権利を保障するという考え方のもと教育に関する法律を見直すべきと考えますし、保護者にもあらためて考えてみてほしいと思います。
「不登校」で求められるアセスメントの意義
母:そもそも「不登校」の定義とは、どういったものなんでしょうか?
小野昌彦さん:30年ほど前には長期の欠席について「登校拒否」と言っていました。しかし欠席の理由が人間関係や勉強についていけないことなど多岐にわたることから、「学校に行かないこと」を包括的に見ようという動きがあり、1990年代後半から「不登校」という言葉が使われるようになりました。
教室長:文部科学省では「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しない、あるいはしたくてもできない状況にあること(ただし、病気や経済的な理由によるものは除く)」と定義(※3)していますね。確かに「さまざまな理由から学校に行かない」状態という意味にとれます。
小野昌彦さん:「不登校」の定義のわかりにくいところは、この言葉が「不」という否定がついた言葉であるというところでしょう。定義とはそれがなにかを言わなければならないところ、「学校に行かない」ではいろいろな状態を含んでしまいます。このことが、不登校の対策を立てにくくしている要因の1つだと思います。本来は学校に行けない理由ごとに分類して対策を考えるべきですが、包括的な名称をつけてしまったために、1人ひとりの学校に行けなくなった理由を解明する必要が出てきたんです。そこで行動療法に基づいた行動アセスメントが有効になるんですね。
教室長:アセスメントとは評価や査定という意味で使われる言葉ですね。人材アセスメントや介護アセスメントという言い方も、最近よく聞くようになりました。
小野昌彦さん:再登校支援における行動アセスメントでは、学校に行けなくなっている要因や問題行動はなにかを、学力、体力、社会性、不安といったさまざまな側面からチェックして、分析します。この行動アセスメントでわかった問題を1つ1つ解消することで、再登校を目指します。
母:では行動療法の専門家という立場から、不登校の定義についてはどのようにお考えですか?
小野昌彦さん:学校に行くという行動には、「家庭―学校―家庭」(家庭と学校の往復)というパターンがあります。行動療法では、このパターンが断絶し家庭にとどまっている状態を「不登校」と考えます。学校にいやなことがあり、家庭にとどまっている状態が不登校です。学校に行かず家にもいない場合は「非行」、学校以外にも外出できない場合は「ひきこもり」と分類できますね。このように考えると、不登校では学校を避けている要因のほかに、家庭に居続ける維持要因があるだろうということがわかります。そこで私が行っている支援プログラムでは家庭との連携も重要視しています。
「いやなことを克服する」支援で不登校は解消できる
母:日本の教育現場での不登校対策はどんなことが行われているのか、教えていただけますか?
小野昌彦さん:現在の学校や学校外の支援施設などの教育現場では、再登校の明確な方法論を持つ専門家がいないことから「お子さんが立ち直るのを待ちましょう」「家庭ではあたたかく見守りましょう」という対応が主流になっています。しかし、行動療法の立場から見ると、アセスメントを行って問題を分析し解消しなければ安定して再登校できるようになるとは考えられません。また、学校に行かなくても卒業できることもあり、保護者も「無理に学校に行かせるべきだろうか」と迷ってしまうことが多いようです。
教室長:お子さんの不登校について学校に相談しても「待ちましょう」と対応されて、それで本当にいいのかと悩む保護者もいらっしゃいますね。
小野昌彦さん:はい。さきほど言ったように、不登校とは「学校にいやなことがあり家庭にとどまっている状態」です。「待ちましょう」という方法は「いやなことをそのままにする」対応ですが、行動療法の立場からは、いやなことやストレス、不安なものに段階的に触れていくことで解消できると考えます。つまり「いやなことを克服する」ことによって再登校の準備をすることができるんですね。
母:一度不登校になったら再度学校に通うのは難しいというイメージしかなかったんですが、小野先生のように明確な方法論をお持ちの専門家の方もいらっしゃるんですね。行動療法とはどんなものなのか、教えていただけますか?
教室長:一般的に行動療法とは心理療法の一種で、対象者の問題行動を行動アセスメントして、適切な技法を適用して問題行動を変容させるという療法のことです。
小野昌彦さん:行動療法とは、人間のいろいろな行動は学習されたものであるという学習理論をもとにしています。不登校の要因となっている問題行動も学習しなおすことで改善していく。学校に不安を強く感じる場面があれば、間違って学習された不安を除去することによって、適応できる状態に変えていくという療法です。また、不登校が長引けば長引くほど、学力の遅れや体力の低下などが見られるので、再登校支援では、学習指導や持久力をつける運動も同時に行います。
行動療法に基づく再登校支援の流れ
母:小野先生が再登校を達成した人数、市町村数は日本一だそうですね。実際の再登校支援のプログラムは、どのような流れで行われるのか、ぜひ教えていただきたいです。
小野昌彦さん:まず、行動アセスメントを行います。なぜ不登校になっているのか、学校や生活の場面でなにができなくて、不安があるとすればどんな場面なのかを面談により聞き取り調査していきます。不登校の場合は学力の遅れ、体力の低下、社会性の低さなども、学校を避ける要因になるので、それらの点にも問題がないか、社会的スキルをはかるためのチェックリスト「CLISP-dd(クリスピー)」などを用いて客観的に評価します。
教室長:1人ひとりの問題をていねいにアセスメントするんですね。
小野昌彦さん:そうです。さらに学校のさまざまな場面のなかで、どの場面に不安やストレスを感じているかをはかるために、だ液アミラーゼ測定器を用いています。人間はストレスを感じるとだ液中のアミラーゼが増加します。このアミラーゼの値がストレスの指標になります。テスト形式では本人もあいまいであったり嘘をついたりすることがあって信用性に欠ける場合もありましたが、この機器を使うことでより客観的なデータを得ることができるようになりました。
母:行動アセスメントというのは、思ったよりも細かくじっくりとお子さんに向き合うものなんですね。その次はどのように進めるんですか?
小野昌彦さん:問題が明確になったところで、本人と一緒に登校予定日を決め、その日にまでに課題を解決できるように計画を立てます。特に学力の遅れは再登校へ向けて大きなネックになりますから、現状の学力をチェックして学年相当まで引き上げられるように学習指導を行います。私の支援プログラムでよく使う教材は、学年ごとの到達度テストとそれに対応したドリルがセットになっている『東京ベーシックドリル』(※4)です。
母:体力についてはいかがですか?
小野昌彦さん:再登校して授業に参加するということは、数時間教室のイスに座っていなければいけないということです。私が支援したなかには、シャトルランが1回しかできないほど体力が落ちていたお子さんもいました。これでは通学だけでなく、数時間イスに座っていることも難しくなってしまいます。体力の向上のために、散歩やジョギングなど有酸素運動を採り入れて持久力をつけていきます。
母:社会性はどのように伸ばすのでしょうか?
小野昌彦さん:社会性については、もっとも大切なのは「教えてください」と聞けることです。特にわからないことを他者にたずねる能力が低いお子さんが多いので、この点を重視しています。また、私の大学の研究室に1人で通ったり、約束の時間に遅れるときは自分で電話をかけたりといったことも、訓練の一貫になります。学習指導や運動は大学の学生が行うこともあり、コミュニケーションの練習にもなっています。
教室長:行動療法の観点から大切にされているポイントはありますか?
小野昌彦さん:たとえば、行動療法の基本的なものに、オペラント条件づけという理論があります。これはある行動に対する応じ方を工夫して自発的にある行動を行うようにすることです。再登校支援では、自分で計画したことを実行できたときにほめる、実行できなかったらなぜできなかったのかを振り返らせて計画再設定ということを支援者や保護者はもちろん、学校の先生にも周知して徹底します。これをくり返すことで、できなかったことができるように変えていくんですね。
母:不安なものに触れていくことで解消するというお話をされていましたが。
小野昌彦さん:それは行動療法の基本的な理論の1つ、レスポンデント条件づけに基づいた対応です。たとえば、体育館に強いストレスを感じるお子さんがいましたが、不安を誘発する刺激に対して身体をリラックスさせることを条件付ける訓練をすることで、不安を低減させていきました。
教室長:最初に再登校の予定日を決めるということでしたが、どのくらいで再登校できるようになるのでしょうか?
小野昌彦さん:ここまでお話したような再登校支援プログラムに参加されたお子さんは、だいたい2~3ヵ月で再登校を達成されます。再登校の初期は予習・復習などのフォローをしますが、学年相当の学力や体力が戻ったところで、安定して登校できるようになるお子さんがほとんどです。
母:えっ? 2~3ヵ月ですか!意外に早く感じます。「待ちましょう」の対応に疑問のある人にとっては、とても興味深いプログラムなのではないでしょうか。
不登校に悩む子どものために親ができること
母:もし自分の子どもが「学校に行きたくない」と言ったときに、保護者ができることにはどんなことがあるのか教えていただけますか?
小野昌彦さん:さきほど不登校は「学校にいやなことがあり家庭にとどまっている」状態だというお話をしましたけれども、逆に言えば、学校で楽しみな場面がたくさんあれば学校に行くのは楽になりますよね。算数が得意だからこの時間は楽しいだろうな、食いしん坊だから給食の時間は楽しいだろうなと学校でのプラスの場面を思い浮かべて、お子さんに声をかけてみましょう。同級生を家に呼んで遊ばせたりするのもいいですよ。学校での楽しい場面をプラスにする動きになります。反対に体育が苦手なら保護者が一緒に運動をしたり、苦手な教科があれば勉強を手伝ってあげたり、マイナスの要素は保護者が補ってあげられるといいですね。
母:すでに休みがちというときには、どのように対応するべきでしょうか?
小野昌彦さん:その場合は休み方のパターンをよく観察しましょう。不登校の場合、休み方には大きく3つのパターンがあります。1つ目は「ある日突然」というパターンです。この場合はその直前になにか原因があるはずですから、お子さんの話をよく聞きましょう。学校にも早めに連絡して担任の先生に話を聞きます。直前にあったできごとを徹底的に調べるべきです。2つ目は断続的に休んでいて、欠席がだんだん連続するパターンです。この場合は、まず連続するようになった変わり目になにがあったかを調べます。苦手な教科を避けて休んでいてほかの教科もわからなくなり、連続して休むようになるという例もよく見られます。
母:3つ目はどんなパターンなんですか?
小野昌彦さん:断続的な休みが続くパターンもあります。私が見た中では、月経痛で20日おきに数日ずつ休みが続くという例がありました。このパターンの場合、欠席時にある要因、例えば、月経痛、苦手教科の授業、テストといったことへの対応が改善のポイントとなります。
母:そのほかに、家庭で気をつけるべきことはありますか?
小野昌彦さん:不登校のお子さんのいるご家庭では、お子さんが「休みたい」というままに休ませている場合が多くあります。これはお子さんが家庭に停滞する維持要因の1つになります。「休みたい」と言うときは、まず熱を測り医師の診断を受けて、何もなければ登校させるという手順をふみましょう。学校にも遅刻したり欠席したりする旨をきちんと連絡します。もう1つ家庭でできることとしておすすめしているのは、手づくりの食事を家族で食べましょうということです。学校とは関係ないことのようですが、保護者がつくった食事を家族みんなで食べることは、絆を深めたり、良好なコミュニケーションを築いたりするためには有効です。毎日でなくてもいいんです。お子さんに心配ごとがあるとき、不安な様子のときなどにはすこしだけがんばってあげましょう。
教室長:すでに欠席が続いていて悩んでいる場合は、どうすればいいでしょうか?
小野昌彦さん:やはり再登校実績のある専門家の支援を受けたほうがいいと思います。私が相談にいらっしゃる保護者によくお話するのは、お子さんの不登校を自分の子育てを見直すきっかけにしてください、ということです。自分のお子さんが学校に適応できる力、社会的に自立していける力を身につけているかどうか。お子さんにどのようにかかわってきたか、子育てになにが足りなかったのかを内省することで、お子さんやご家族の将来は変えられます。また、最近ではお子さんの将来像について「子どもの好きなようにやればいい」という考え方もありますが、初等教育のうちは保護者にお子さんの教育を受ける権利を保障する義務があります。ですから、保護者としてどういう人間になってほしいか、そのために今どういうことをすればいいのかという、将来的なビジョンはしっかりと持ってくださいとお話しています。
教室長:不登校で悩んでいる方のなかには、塾に通うことで学習の遅れを補うことを考える方もいます。そういった場合の塾の選び方などにアドバイスをいただけますか?
小野昌彦さん:不登校であったお子さんが再登校した初期には、遅れている分の復習やこれから習う予習もしていく必要があり、当然、学習面では努力が必要です。ただ、「学校の授業がわかる」、「ついていけた」と感じることができたお子さんは再発の可能性がグッと下がりますから、がんばりどころでもあるんですね。再登校支援の期間はもちろん再登校後にも、学習を補う意味で私から通塾をすすめることもあります。不登校のお子さんの場合、現学年よりも前の勉強をする必要がある場合が多いので、集団指導タイプの塾よりも、個別指導タイプの学習塾を選んだほうがいいでしょう。個別指導タイプの学習塾であれば、個人の伸びをほめてもらったり、仲良くなった講師に心を開いてじっくり話を聞いてもらったり、ということも期待できます。そうしたかかわりは、お子さんにとっていい影響を与えてくれるはずです。
(※1) 平成28年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」結果(速報値)について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/10/__icsFiles/afieldfile/2017/10/26/1397646_002.pdf
(※2) 不登校への対応について:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19920924001/t19920924001.html
(※3)不登校の現状に関する認識-文部科学省
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/futoukou/03070701/002.pdf
(※4)『東京ベーシック・ドリル』|東京都教育委員会ウェブサイト
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/school/study_material/improvement/tokyo_basic_drill/
[参考文献]
『不登校の本質 ―不登校問題で悩める保護者の皆さんのために―』(小野昌彦著、風間書房刊)
(プロフィール)
小野昌彦(おの・まさひこ)
明治学院大学心理学部教育発達学科教授。博士(障害科学:筑波大学)。専門行動療法士。専門は教育臨床心理、障害科学。主に行動療法に基づく不登校、発達障害、問題行動の解決支援を行う。市町村レベルでの不登校ゼロ・半減の実績多数。2017年筑波大学心理・発達教育相談室功労賞受賞、2015年度東京都教育委員会不登校・中途退学対策検討委員会委員。主な著書に『不登校への行動論的包括支援アプローチの構築』(風間書房)、『発達障害のある子/ない子の学校適応・不登校対応』(編著、金子書房)他多数。