「朝どうしても起きられない」、「テスト中に寝てしまう」。そんなお子さんはもしかしたら「睡眠障害」かもしれません。もしお子さんに睡眠障害の疑いがあった場合、保護者はなにができるのでしょうか。お子さんの睡眠にまつわる問題と対策を、小児睡眠障害の専門医・小保内俊雅さんにうかがいました。
目次
睡眠障害とは? 子どもの睡眠障害の実際の例は?
教室長:心身の健康と睡眠には深い関係がある。このことは広く知られるようになってきました。不眠症や無呼吸症候群に代表される「睡眠障害」にも注目が集まり、子どもの夜型生活や慢性的な睡眠不足も問題視されています。そこで今回は、多摩北部医療センター小児科の小児睡眠外来を担当されている医師・小保内俊雅さんに、子どもの睡眠障害についてお話をうかがいます。
母:さっそくですが、そもそも睡眠障害とはどんな病気や症状のことを指すんでしょうか?
小保内俊雅さん:私たちの睡眠外来に来る患者さんが訴えるのは、主に2つのことです。1つは「眠れない」、もう1つは「起きられない」ですね。これらを医学的に言うと「不眠」と「過眠」ということになります。
教室長:睡眠の問題といえば不眠が注目されることが多いですが、昼間に眠気が出て生活に支障がある状態や、睡眠のリズムがくるってしまって戻せない状態なども挙げられますね。
母:なるほど。睡眠になんらかの問題がある状態を「睡眠障害」と言うんですね。では、睡眠障害の原因にはどんなことがあるんですか?
小保内俊雅さん:睡眠に障害が出る原因は人によってさまざまです。もちろん、生活習慣が乱れることで眠りの問題が表れる人もいます。一方で、もともと持っている疾患が原因で睡眠障害につながっている人もいます。ですから、患者さん1人ひとりの生活や睡眠を客観的に把握しながら、原因を探って治療を進めていくことが大切になります。
母:実際にはどんな患者さんが小児睡眠外来に来るんですか?
小保内俊雅さん:最近、子どもの睡眠障害で特に注目されているのは、概日リズム障害、ナルコレプシーなどですね。
母:概日リズムとはなんのことですか?
小保内俊雅さん:いわゆる体内時計のことです。ヒトの概日リズムは25時間で自然のリズムより1時間ほど長くなっています。朝に強い光を浴びると脳内にセロトニンというホルモンが分泌され、交感神経を刺激し、日中に活動するためのスイッチが入ります。そして夕方に暗くなってくると、副交感神経が優位になり、脳内にメラトニンというホルモンが分泌されます。このメラトニンによって眠くなるのです。こうしてヒトは、1日24時間の自然のリズムに体内時計を合わせているんですね。ですから、光が届かない場所で長く生活すると、体内時計がずれていってしまいます。また、夜間にコンビニに行ったり、テレビやスマートフォンの画面を見ていて、強い光を浴びたりするとメラトニンの分泌が抑制されて眠りにくくなってしまうんです。
母:夜遅くまでゲームをしていて睡眠のリズムがくるってしまうのは、そういったメカニズムなんですね。
小保内俊雅さん:そうです。自然の24時間のリズムと体内時計がずれてしまって、生活に支障がある。これが概日リズム障害です。
母:最初にもう1つ挙げられたナルコレプシーは、日中に居眠りしてしまう病気ですよね?
小保内俊雅さん:はい。絶対に眠ってはいけない授業中や大切な試験の最中に寝てしまう。こんなことが多い人はナルコレプシーを疑って受診されたほうがいいでしょう。小学校就学前にナルコレプシーと診断されたお子さんもいるくらいなんですよ。
母:5歳くらいのお子さんが昼間眠っていても、病気とは気づきにくいですね。
教室長:ここまで概日リズム障害とナルコレプシーのお話をうかがいましたが、そのほかの睡眠障害に関連する病気にはどんなものがあるのでしょうか。
小保内俊雅さん:子どもの睡眠障害の原因で意外と知られていないのが、睡眠時無呼吸症候群です。
母:えっ? 睡眠時無呼吸症候群って、肥満の人や成人男性に多い病気だと思っていました。
小保内俊雅さん:そう思っている人が多いですね。たとえば不登校のお子さんで睡眠の病気を抱えている人は少なからずいますが、中でも特に多いのが睡眠時無呼吸症候群なんです。早い例では2歳からいびきをかき始めたという例もあります。無呼吸症は治療すれば治りますから、小さいお子さんであってもいびきが続くようであれば放置しないほうがよいでしょう。
母:睡眠障害と聞くと、生活習慣の乱れからリズムがくるってしまう病気というイメージでしたけれど、それだけではなくて原因となる病気が隠れている場合もあるんですね。
小保内俊雅さん:はい。睡眠の大切さは社会的にもよく知られるようになってきました。しかし、小児の睡眠障害については、医学的にも社会的にも充分に知られているとは言えないのが現状です。睡眠障害の症状はさまざまで、頭痛や腹痛を訴えるお子さんもいますし、落ち着きがないとか、キレやすいといった情緒の問題が表れることもあります。それが睡眠障害によるものだと気づきにくく、診療につながりにくいのが小児の睡眠障害の一番の問題です。その結果、悩みがあってもどこに相談していいのかわからないうちに事態が深刻になってしまう例もよくみられます。
これってもしかして睡眠障害? 中高生の睡眠チェックリスト
母:では、保護者から見て病院を受診する目安になるようなポイントはありませんか?
小保内俊雅さん:まずは睡眠の状況を客観的に把握することです。病院の診察ではまず、どんな時間に起きて、どんな時間に寝たかを記録する「睡眠表」を用います。もう1つは、昼間の生活に影響が出ていないかを考えることです。
【中高生の睡眠チェックリスト】 |
[夜の睡眠について] □総睡眠時間が短い □睡眠が分断されている □概日リズムが自然リズムとかけ離れている |
[昼の様子について] □イライラしている。キレやすい □異様に笑うことがある □集中力がない。注意力散漫 □授業中に歩きまわってしまうなど多動性がみられる □疲れやすい。風邪をひきやすい |
小保内俊雅さん:上のチェックリストのように、睡眠リズムだけではなく、昼間の様子をチェックすることが重要になります。睡眠に問題があると精神的に不安定になりますから、怒りっぽくなる場合もあれば、逆に異様に笑う場合もあります。小学生くらいだと落ち着かない、授業中に座っていられないといった多動性が表れることがあります。それから、疲れやすかったり、風邪をひきやすくなったりという症状がみられる人もいます。
母:睡眠時間が短いかどうかは、何時間くらいが目安になりますか?
小保内俊雅さん:睡眠時間の長い短いは人によって違います。その人の最適な睡眠時間が何時間なのかということは、日中、効率的に活動ができているかどうかということも併せて考える必要があります。
母:一概に8時間が睡眠時間の目安とは言えないんですね。睡眠障害の診察や治療で、中高生は特にここが難しいというポイントはありますか?
小保内俊雅さん:まず周囲の人がお子さん本人の睡眠の状況を客観的に把握しづらいという点が挙げられます。夜になれば家族は寝てしまいますし、中高生は自分の部屋で寝ることも多いですから、どんな睡眠状況なのかが把握しづらいんですね。家族がたまたま夜中に目が覚めたときに、お子さんが起きているのを見ることもありますが、これはごく断片的な情報で客観性に欠けるものです。
教室長:なるほど。お子さんの睡眠の状況を客観的に把握するために、家庭で睡眠表をつけてみるのも、1つの方法かもしれません。
小保内俊雅さん:そうですね。たとえば、私たちの外来で診察したお子さんの場合、睡眠表を記録してもらったところ、就寝時刻と起床時刻がきれいに1日1時間ずつずれて階段状のグラフになりました。今朝はなんとか7時に起きられたのに次の日は8時にしか起きられない。ところが保護者は昼寝て夜起きている表面的な情報しか見ていないので、「こんな時間まで起きているから、朝起きられないんだ」と誤解してしまうわけです。
母:なるほど。誤解がないように慎重にチェックしたいですね。そのほかに中高生ならではの難しさを感じられることはありますか?
小保内俊雅さん:一番、問題になるのは、本人に治す気があるかどうかだと言えます。というのも、本人が朝起きられずに学校に行けないとか、授業中に居眠りしてしまって勉強が遅れているということに対して、「まずい」「困った」という思いを持たないことには、そもそも病院を受診することができませんし、治療もスムーズに進まないからです。
教室長:そんなときも睡眠表をつけることで、保護者だけでなくお子さん本人も自分の睡眠の問題に気づくきっかけになりそうですね。
小保内俊雅さん:はい。まず周囲の人や、本人が客観的に睡眠の状況を把握すること。これが治療の第一歩です。睡眠表を記録することの意味はここにあります。
母:子どもの睡眠の問題に対して、保護者が気をつけるべきことはなんですか?
小保内俊雅さん:さきほどすこし触れましたが、子どもの睡眠障害で大きな問題となるのは、周囲の人から誤解を受けやすいという点です。睡眠の問題に気づかないまま周囲の人に、「怠けている」「やる気がない」と思われて、叱責されるなど不適切な扱いを受けて、まわりに不信感をもってしまうこともあります。
母:家庭でもやみくもに叱ったりせずに、睡眠の状況をきちんと調べてあげたり、病気を疑って病院に相談したりということが大切になりそうですね。では、睡眠障害かもしれないと思ったら、どの診療科を受診すればいいでしょうか?
小保内俊雅さん:子どもの睡眠障害を専門と標ぼうしている病院は、日本ではまだごく少ないのが現状です。近くに小児の睡眠障害を専門的に診ている診療科が見つからない場合は、大人の睡眠障害に対応している病院に相談するか、かかりつけの小児科に専門医を紹介してもらえないか相談されてみてはいかがでしょうか。
子どもの睡眠のために保護者ができることは?
母:睡眠の問題が深刻になる前に、家庭でできることがあればと思いますが、やはり規則正しい生活をさせてあげることが基本になりますか?
小保内俊雅さん:はい。成長期でもある中高生は、朝明るくなったら起きて、夜暗くなったら寝るという生活が理想ですね。ところで、みなさんは「規則正しい生活とは、なんですか?」と聞かれたらどう答えますか?
母:毎日決まった時間に起きて、朝昼晩と決まった時間に食事をして、決まった時間に寝ること、でしょうか。
小保内俊雅さん:ほとんどの人がそう思われていますよね。でも、これだけ多様化している社会のなかで、毎日そんな生活を続けるのはとても難しいと思いませんか? 規則正しい生活というのは、たった1つ、朝起きる時刻を一定にすることです。人間が生きていくために必要な内臓の動きをコントロールしているのが自律神経ですが、睡眠も自律神経の働きと深い関係があります。自律神経は自分の思いどおりに動かすことができません。ところが、呼吸と起きることは、自分である程度思いどおりにできるんですね。自律神経を整えたいと思ったら、ヨガのように呼吸を整えるか、朝起きる時間を一定にすることをおすすめします。
母:なるほど。朝、起きる時間に気をつけるだけなら、毎日きちんとできそうです!
小保内俊雅さん:それから朝はかならず食事をとらせたいですね。夕食から朝食のあいだは12時間近く空きますから、起きたとき身体はガス欠の状態です。朝食をとって血糖値を上げれば、交感神経が刺激されて、身体を活動する状況へとスイッチすることができます。朝食べられないという人は、ヨーグルトにジャムをかけたものや、ゼリー、野菜ジュースなどでも、糖分を補給することができますよ。
母:うちの子は塾がある日は帰りが遅くなり、寝るのが遅くなることがあります。そんなときにできる工夫はありませんか?
小保内俊雅さん:寝る直前に食事をとると眠りにくくなるので、塾に行く前にある程度食べさせて、寝る直前は軽いものを用意するというように、食事のバランスに気をつけてあげられるといいですね。ほかにも体温が高いと寝られないですから、寝る前に熱い風呂に入れるのも得策ではありません。運動も同じです。寝る前の音楽や明るさなど、睡眠衛生を整えて、うまく入眠をさせてあげることが大事です。また、スマートフォンのブルーライトで脳内の睡眠物質が壊れていくことがわかっています。一つの目安として20時以降はスマートフォンの画面を見ないようにして、寝る準備に入らせるのもよいでしょう。
母:では、もし子どもが睡眠障害と診断されたときには、学校の先生や塾の講師に病気について話すべきでしょうか?
小保内俊雅さん:もちろんきちんと説明するべきだと思います。さきほど触れたように、子どもの睡眠障害では周囲の人に誤解され、正しい扱いを受けられないことが大きな問題になります。子どもの睡眠障害に対する認知は医師の間ですらまだまだ充分ではありません。学校や塾の先生にも、どういう病状で、どんな治療をしているか、どのように協力してほしいかなど、きちんと説明をすることで、理解を得られるように努めるべきでしょう。
教室長:そうした1人ひとりの事情には、集団講義タイプの学習塾よりも、個別指導タイプのほうが対応しやすいかもしれないですね。
小保内俊雅さん:子どもの睡眠障害の治療には、本人の治したいという意思と周囲の理解が何より大切です。睡眠のリズムが乱れていると感じるときや、昼間の様子に違和感を覚えたときは睡眠障害を疑って、ぜひ睡眠障害に詳しい医師に相談してください。
【プロフィール】
小保内俊雅(おぼない・としまさ)
多摩北部医療センター小児科部長。日本でも数少ない小児睡眠外来を担当し、子どもの睡眠障害の治療にあたっている。専門は小児科学、新生児学、発達神経病理学。‘91年千葉大学医学部卒業、千葉大学小児科学教室入局。松戸市立病院新生児科、君津中央病院新生児科、国立精神神経センター神経研究所、愛育病院新生児科、聖母病院小児科、ハノーファー医科大学神経病理学教室、ゲッティンゲン大学神経病理学教室、東京女子医大母子総合医療センター新生児科での勤務を経て、2008年より多摩北部医療センター小児科に勤務。