ここ数年、日本でもスポーツ選手や企業がパフォーマンス向上のために取り入れるなど話題になっている「アンガーマネジメント」。怒りの感情をコントロールする方法を学ぶことで、「親子、そして教師と生徒のコミュニケーションにもよい影響を与える」と日本の教育現場でも注目が高まっています。「子どもに対して、いつも感情的に怒ってしまう」「子どもとの関係がうまくいかない」とお悩みの家庭でも実践できる、アンガーマネジメント活用法を日本アンガーマネジメント協会代表理事の安藤俊介さんに聞きました。
目次
アンガーマネジメントは子育てに活用できる?
――「アンガーマネジメント」という言葉をよく目にするようになりましたが、そもそもアンガーマネジメントとはどのようなものなのでしょうか?
アンガーマネジメントは、1970年代にアメリカで開発された、怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニングです。怒りの感情をコントロールできると、自分自身のパフォーマンスや、周囲との人間関係が向上します。
――「アンガーマネジメント」は、全国にどのくらい広まっていますか?
すでにアメリカでは、全米の企業や教育機関などで広く普及しています。私は2003年にアメリカでアンガーマネジメントを学び始めました。ただ、その後日本に帰国してみたら、日本には当時アンガーマネジメントを学べる場所がありませんでした。なので、2011年6月に日本アンガーマネジメント協会を設立しました。
それからは、日本でもアンガーマネジメントの講習を受講する人が年々増え、2018年までに年間で25万人を超えるようになりました。
――思春期のお子さんとの接し方に悩む保護者も多いようです。子育て中の家庭でもアンガーマネジメントを活用することはできますか?
もちろん活用できます。怒りの感情は、大人も子どもも平等にあります。人間なら自然に備わっている感情なので、取り除くことはできません。ですから、怒りと上手く付き合う必要があります。
とくに思春期の敏感な時期であるお子さんは、怒りの感情をコントロールできないと、失敗やトラブルにつながることも考えられます。
――お子さんたちにはどんなアドバイスをしていますか?
子どもたちに私が最も伝えたいのが、「怒りの感情によって自分自身の選択肢を減らさないでほしい」です。子どものころに、親からなにかを言われたり、先生に怒られたりして、ある物事が嫌になってやめてしまったという経験をしたことはありませんか? 私も覚えがありますが、「あのとき、違う選択をしていたら違う人生になっていたかもしれない」と思います。
――確かに怒りの感情で、物事を途中で放り出した経験があります。今やろうとしてた矢先に「勉強しなさい!」と言われて嫌になった、というような経験と同じですよね?
そうですね。一方で「悔しさをバネにする」という言い方があるように、怒りはエネルギーを生み出す感情でもあります。
怒りという感情は、自分自身の人生の選択肢を広げることもできるし、反対に選択肢を大きく減らしてしまうこともあります。
ですから、子どもたちにもできるだけ早いうちから怒りの感情とうまく付き合う方法を覚えてほしいです。
――怒りの感情とうまく付き合うにはどうしたらよいでしょうか?保護者の方へのアドバイスをいただけますか?
思春期のお子さんの感情を受け止めるのはとても大変ですが、感情を押し込めたり、隠したりせずに、きちんと向き合う努力をしてほしいです。感情とうまく付き合うには、そもそもどんな感情があるのか、よく理解する必要があります。怒り、悲しみ、喜び、こうした感情はなにかのサインです。お子さんが怒るのは理由があるはずです。
目の前のお子さんが表している感情の裏に、どんなサインや欲求が隠れているのかを考えることが大切です。
――親子でアンガーマネジメントを学ぶことによって、どんなメリットがありますか?
1つは、「親子仲がよくなる」ことです。実際、アンガーマネジメントを学んだ保護者の方からも「親子仲がよくなった」とよく言われます。家庭と職場、あるいは家庭と学校でも、家庭が安定しているとほかの場面でも上手くいくことが多い。親子仲のよさは、生活のいろんな場面でよい影響が生まれます。
それからもう1つは、「精神的な安定が得られること」です。何事も、イライラしているとパフォーマンスが上がりません。「精神的な安定」は、学習に集中して取り組むために必要不可欠なものの1つです。
教育の現場に広がるアンガーマネジメント
――日本でも教育の場でアンガーマネジメントを取り入れる動きが出てきているそうですね?
はい。東京都や神戸市をはじめとする地方自治体の教育委員会の委員が、アンガーマネジメントを受講し、さらに教育プログラムへの導入を検討されました。
また、中学校・高校でアンガーマネジメントの講演をする機会も増えたように思います。
さらに、2019(平成31)年度の中学校の教科書に、「生命尊重」や「いじめ防止」につながるテーマの1つとして、アンガーマネジメントが掲載されるにあたり、当会が監修をしました。
―教科書にもアンガーマネジメントが掲載されるんですね!実際に教壇に立つ先生方は、「怒り」についてどう思われているのでしょうか?
私たちで以前、小中学校で教師経験のある人を対象にアンケート(※)を行ったことがあります。そしたら、「うまく怒れ(叱れ)ていたと思わない」と答えた人が47.8%、「子どもに対する怒りの感情教育は必要だと思う」と答えた人が96.1%という結果が出ました。子どもに対してうまく叱れていないと感じる先生が半数近くいたのです。
さらに、怒りについて子どもにも教える必要性を感じている先生がほとんどでした。アンガーマネジメントは、これだけ学校の先生たちに求められているのです。
――学校の先生をはじめとする、教育者や子どもに指導する立場の人が、アンガーマネジメントを学ぶのですか?
学校の先生はもちろん、大人たちがどう怒るかを学べば、子どもたちに怒りの感情との上手な付き合い方を伝えていくことにもつながります。従来はどちらかと言うと、「感情的に怒ってはいけない」「子どもには優しく接するべき」といった精神論ばかりでした。
アンガーマネジメントは、メソッドが確立されたトレーニング法です。感情をコントロールするためのテクニックですので、基本的には誰でもできます。
今の若い世代の人は怒られ慣れていない人が増えていますね。これは企業の研修に出向いて感じることなのですが、ここ20年日本の教育は「ほめて伸ばそう」という風潮があって、学校で怒られてきていないんです。でも社会に出ると、理不尽に怒られる場面は結構多いですよね。怒られ慣れていないと、そういった場面でうまく対処できない可能性があります。
――確かに怒られ慣れていないと社会に出て苦労することもありそうですね。社会でたくましく生きていってもらうために、保護者は子どもを怒った方がよいのでしょうか?
「怒る」のには怒り方も重要です。アンガーマネジメントでは上手な怒り方も学びます。「怒る」というと「相手を傷つける」「ハラスメントになる」など、人間関係が悪くなるイメージがあるかもしれません。しかし、上手に怒られることで「よりよくなる」こともあります。
また、現代社会にはさまざまな問題があります。その問題は、怒りを感じる人がいて初めて解決に向かいます。怒りは誰かを動かしたり、物事を変えようとしたりするためのエネルギーにもなるのです。
怒りの感情が生まれるメカニズムを知ろう!
――アンガーマネジメントは怒りの感情をコントロールするためのトレーニング法ということですが、最初はどんなことから学ぶのでしょうか。
まず、怒りの感情が生まれる仕組みを知ってほしいです。アンガーマネジメントでは、怒りの感情が生まれるメカニズムを3ステップで考えます。
【怒りの感情が生まれるメカニズム】
① 出来事→②意味づけ→③感情
ある出来事があったとき、人は自分の中の辞書を引いてその出来事に意味づけをします。この意味づけとは、個人個人の解釈です。この意味づけによって生まれる感情はずいぶん変わってきます。
その結果、感情が生まれるのです。たとえば、「子どもがNOと言った」という出来事があるとします。
そこに「親の言うことを聞かないなんて悪い子だ」と意味づけしたら、子どもに対して怒りの感情が生まれます。「自分の主張を言えて立派だ」と意味づけしたら、子どもに対して褒めたくなる感情が生まれますね。
このことからわかるように、人が出来事に対してどう意味づけするかによって、生まれる感情はまるで違ってくるのです。
――同じ出来事が起こっても、その出来事をどう意味づけするかによって、生まれる感情がまるで変わってくるんですね。
そうです。アンガーマネジメントでは、出来事はただの出来事であり、それ自体に意味はないと考えます。出来事にどう意味づけするか、意味づけをするときに調べる「自分の中の辞書」にどう書いてあるかが重要なんです。この辞書は十人十色でどれが正解ということはありません。ただ、「自分の中の辞書」に書いてあることがあまりにも自分や周りの人を苦しめるのであれば、それは見直したほうがいいだろうと考えます。
もう1つ大切なことは、出来事だけを見ていられるかということです。出来事と意味づけをセットで見ている人がとても多いんですね。
――「出来事」と「意味づけ」をセットで見ているとは、具体的にどういうことでしょうか?
たとえば、お母さんが「子どもが私に隠し事をしていました。親としてとてもショックです」と言います。この場合の出来事は「お母さんが知らないことがあった」です。
「隠し事」と言うことで、「子どもが意図的に隠した」という意味づけをしてしまっているんですね。
――なるほど。無意識のうちに出来事に意味づけをしてしまいそうです。出来事だけ抜き出すのは、なかなか難しそうですね。
まずは、出来事だけを抜き出して見れるように意識してみてください。出来事と意味づけを分けて考えられるようになると、現実がクリアに見えるようになり、悪意のある意味づけをあまりしなくなります。すると生まれる感情もかなり変わって、不要な怒りを減らすことができます。
アンガーマネジメントの基本のトレーニング法
――アンガーマネジメントを身につけるために、具体的にはどのようなトレーニングを行うのか教えてください。
アンガーマネジメントのトレーニングは、基本的に「衝動」「思考」「行動」の3つにわかれます。
【アンガーマネジメント・3つのトレーニング】
①衝動のコントロール
②思考のコントロール
③行動のコントロール
――まずは、「衝動のトレーニング」の内容を教えてください。
①「衝動のトレーニング」では、イラっとしたときに反射で行動しないように待つ練習をします。アンガーマネジメントで提唱している「6秒ルール」が、これに当たります。
反射で行動しないように、とにかく6秒待ってみるということですね。怒っているときは自然と呼吸が浅く早くなりますから、意識して深呼吸をするだけでも違いますよ。
6秒待つために「怒りに温度計をつけてみる」というテクニックもあります。
――温度計、ですか?怒りには温度があるのでしょうか?
怒りの感情をコントロールできない理由の1つに、尺度がないことが挙げられます。そこで私たちは、「0℃=穏やかな状態」から「100℃=人生最大の怒り」などと設定して温度計をイメージするように指導しています。「今は10℃くらいかな」「これは70℃だな」と考えていくうちに、自分の怒りの強さがわかってきます。
――自分の怒りの強さを知る、つまり尺度を持つと、怒りもコントロールしやすくなりそうですね。では次の「思考のコントロール」とは、どういったものでしょうか?
②の「思考のコントロール」では、「許せる」「まあ許せる」「許せない」を三重丸で考える練習をします。
怒りの衝動を6秒待てたら、「すごく機嫌がよかったら許せるかな?」と考えてみてほしいんですね。この「まあ許せる」のゾーンが自分の中ではどのくらいの範囲であるのかを知ることが大切です。
アンガーマネジメントをやっていないと、機嫌がよければ許せるし、機嫌が悪い日には許せないというふうに、この三重丸は機嫌によって変動します。
それを、いつでもどこでも、誰に対しても同じ基準で判断することができるのを目標として練習するように指導しています。なるべく大きくする、できれば固定するイメージで考えていきましょう。
――なるほど。怒りの温度の変動が少なくなるように、自分をコントロールしていきたいです。それでは最後の、「行動のトレーニング」について教えてください。
③の「行動のトレーニング」では、「変えられる/変えられない」と「重要/重要ではない」という2つの軸を使って自分の怒りを整理していきます。
自分の怒りをこちらに当てはめて、4つのパートのどの部分に入るか考えます。たとえば電車のマナー違反を見てイライラすることがあったとします。
それは「重要」か「重要じゃない」かと聞かれたら、自分にとって重要ではありませんよね?また、「変えられる」か「変えられない」かと聞かれたら、他人が行っている行為なので変えることは難しいですよね?
「重要じゃない」し「変えられない」のであれば、その怒りを手放す勇気を持ちましょう。怒ることは物事を動かすエネルギーにもなりますから、「変えられる・重要」に入れば、全力で取り組めばいいんです。
怒りを整理して、自分がどう行動したいのかを考えていきましょう。
――アンガーマネジメントは、大人と子どもで学ぶ内容に違いはありますか?
基本的には同じですが、大人の場合はロジカルな見せ方でお話しすることが多くなります。お子さんの場合は、ワークブックやカードゲームを使って、遊びの要素を取り入れます。
――カードゲームだと楽しく学べそうですね。具体的にはどのようなゲームなのでしょう?
このカードゲームは、「できごとカード」と「温度計カード」があります。1人がさまざまな「できごとカード」から1枚引いて、もしその出来事が起こったらどのくらいの怒りを感じるのかを「温度計カード」を選びます。
たとえば「話かけたけど返事がなかった」という「できごとカード」を選んだとします。そのできごとが起こったらどのくらい怒りを感じるかを、「温度計カード」を使って表します。このゲームを通して、「えっ、そんなことで怒るの?」「そういうことでは怒らないんだ」というふうに、自分と他人がどういうことで怒るのかがわかってくるんですね。
そうして「どうして違うんだろう」「実際に行動に移すときには、どうしたらいいんだろう」といったことを、学んでもらいます。
思春期の子どもとの接し方に悩む家庭でのアンガーマネジメント活用法
――子育て中の家庭では、つい怒鳴ってしまったり、手が出てしまったりという場面もあると思います。感情的に怒ってしまうことのデメリットはどんなことでしょうか?
恐怖によるしつけはなにも生みません。恐怖を感じるような怒りをお子さんにぶつけることは、怒りの種をまく行為です。
子どもが受け取った怒りは、親に跳ね返ってくるかもしれないし、学校に持っていって誰かにぶつけてしまうかもしれません。そう考えると、なにもよいことがないのがわかると思います。怒ること自体は悪いことではありません。でも、「正しい怒り方」を意識することが必要です。
――では、子どもに対してどんな怒り方をしたらよいでしょうか?
正しい怒り方とは、「今どうしてほしい」「次はどうしてほしい」という明確なリクエストを伝えることです。
「なにやってるんだ!」「ダメじゃないか」という怒り方には、明確なリクエストは含まれていません。また、「なんでできないんだ」と質問しても、お子さんが理由を認識していない場合も多いです。
「お父さんとお母さんがどれだけ心配したかわかっているの」という言い方には、「親の気持ちをわかってほしい」というリクエストが含まれますが、わかりにくい要求になってしまっています。
たとえば「門限を守りなさい」「勉強をしなさい」といった明確なリクエストを心掛ければ、お子さんにも伝わりやすいですよね。それでも上手く伝わらないときは、どういうリクエストを出せば一番伝わりやすいか、考えるのも重要です。
――アンガーマネジメントを学んでいても、ついイライラした気持ちを強い言葉でお子さんにぶつけてしまったということは起こりうると思います。そんなときは、どうすればいいでしょうか?
よくない怒り方をしたと思ったら、すぐ謝ってください。アンガーマネジメントは長期的にアプローチするもので、誰もが完璧にできるものではありません。むしろ、保護者の方が失敗しながら努力している姿を見せるほうが、お子さんにとっても尊いことだと思います。
さらに、失敗してしまったときも、怒りの感情によって、人間関係を壊してしまったり、よりよい選択肢を失ってしまったりすることがあることを、お子さんに伝えるきっかけにしてほしいです。
――思春期のお子さんにアンガーマネジメントをすすめたいと思っても、素直に聞いてくれない場合もありそうです。アンガーマネジメントを学んでもらうにはどうしたらよいでしょうか?
まず保護者の方が努力する姿を見せてあげてください。自分がしていないのに、お子さんにすすめることはできません。怒りの感情をコントロールすることが上手くなってきて、「お父さんやお母さん、なにか変わったな」とお子さんに気づかれるようになれば、自然とお子さんも参考にしたいと思うのではないでしょうか。
――最後に、思春期のお子さんとの接し方に悩む家庭にメッセージをお願いします。
感情を取り繕うのはやめましょう。怒りの感情に問題を感じている家庭の場合、夫婦ゲンカを子どもに見せないようにしようなど、感情を隠してキレイに見せようとしてしまいがちです。感情的な場面を隠そうとする家庭では、お子さんも素直に感情を表現できなくなったり、隠れてケンカをするようになったりしてしまうんですね。
感情は取り繕うものではなく、身体から発せられているサインです。ですから、感情も素直に表現しましょう。その上で、どうすればうまく付き合っていけるのかを一緒に考えていくことを大切にしてください。
【プロフィール】
安藤俊介(あんどう しゅんすけ)
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会代表理事。アンガーマネジメントコンサルタント。1971年群馬県生まれ。2003年に渡米してアンガーマネジメントを学び、日本に導入した第一人者。2017年4月、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員に就任。企業、官公庁、教育委員会、医療機関などで数多くの講演や研修を行っている。『アンガーマネジメント超入門 怒りが消える心のトレーニング』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『アンガーマネジメント入門』(朝日文庫)、『上手なセルフコントロールでパワハラ防止 自治体職員のためのアンガーマネジメント活用法』(第一法規)、『アンガーマネジメント 叱り方の教科書』(総合科学出版)、『マンガでわかる怒らない子育て』(永岡書店)など、著書多数。