2015年に選挙権年齢が18歳に引き下げられ、2022年4月から高校公民科には「公共」という科目が新設されました。
模擬投票や校則の見直し、自分の関心のある政策テーマの具体化から解決策まで考えていく「マイ争点」プログラムなど、各地の学校現場で「主権者教育」が進められています。
主権者教育とは何を目指すもので、家庭では何ができるのか。そして受験や入試とはどのような関わりがあるのか。今回は18歳選挙権・主権者教育の専門家、慶應義塾大学SFC研究所上席所員の西野偉彦さんにお話を伺いました。
目次
社会の課題を「自分ごと」にして考えるための教育
――2015年に公職選挙法の一部が改正され、選挙権年齢が18歳に引き下げられました。西野さんはこの法改正に直接携わられたそうですね。ご活動について教えてください。
私の専門分野は、18歳選挙権と主権者教育です。若い世代が社会の課題に向き合い、自分のこととして捉えて考えていくための教育内容を考え、国や自治体の教育施策立案や講演活動などを行っています。研究・実践・教育の現場で広く活動中です。
――主権者教育という言葉には、どのような意味があるのでしょうか。
国や社会の問題を自分のこととして考える、つまり「自分ごとにする」ということですね。今は「不確実性の高い時代」だとよく言われます。先が読めない未来に向かって生きていくなかで大切なのは、何か課題があったときに他人事にしない姿勢です。
「誰かが解決すればいい」ではなく、どんなに小さなことでもいいので、自分が主体となって解決をしていく、または解決しようという姿勢を持つこと。これが主権者教育の本質で、私も講演やワークショップで意識してお伝えしています。
――主権者教育で扱う「課題」とは、たとえばどのようなものですか?
若い世代にとっては、いきなり「国の財政が危ない」と言われても規模が大きすぎて自分のこととして考えにくいでしょう。私たち大人でも同様です。
そこで大切にしているのは、まずは家庭や学校など、お子さまたちにとって身近なところにある課題について考えてみることです。
たとえば「家の中のゴミ分別」「部屋は誰が片付けるか」などを考えると、地域や学校のゴミ問題を考えることにつながり、国全体・地球全体の環境問題にもつながっていきます。フードロスの問題もありますよね。
校則見直しへの参加も「自分ごと化」につながる
――主権者教育では、学校の校則を扱うことも多いそうですね。
校則の見直しは「ルールメイキング」とも呼ばれ、さまざまな学校で取り組まれています。ルールを決めるときに生徒本人も関わることで、「自分たちの意見が学校を変えていく」という実感につなげる活動です。
逆にいうと、国の選挙に関心があっても、自分が通う学校の生徒会長選挙や校内の課題解決に関心がないとなると、身近なことを自分ごととして捉えていない可能性があります。
国会議員の名前は知っていても市議会議員を知らないというのも似た例ですね。本来、市議会の活動は地域のゴミや交通安全など、生活と密接に関わるはずですが、どの議員がどんな仕事をしているか、よくわからない人も少なくないと思います。
もちろん国政に関心を持つことは大切ですが、どこかテレビの中の遠い話で、「なんとなく世間が盛り上がっている話」として見てしまう他人事のような感覚は、政治を自分のこととして考えているとは言えないのではないでしょうか。
ボランティアで選挙戦をサポートし、気づいたこと
――西野さんが主権者教育に関心を持ったきっかけについて教えてください。
原点は、中学・高校での生徒会活動です。生徒会長として学校の中のさまざまな仕組みを改革しようと取り組んでいたのですが、なかなか思うように進まず、リーダーシップについて悩みました。そこから民主主義やリーダーがどうあるべきかと考え始めて、選挙にも関心を抱いたのです。
主権者教育に直接的な関心を持ったのは大学生の頃です。高校の恩師が教職を辞して地方選挙に出ることになり、私を含む当時20歳以上の教え子がボランティアとして集まって、選挙事務所の立ち上げから選挙戦まで全部手作りでサポートしました。
その恩師は結果的に当選しましたが、自分たちと同じ若い世代は選挙への関心が低く、ニュース等で聞いていた投票率の低さも目の当たりにしました。
「若い世代がこんなにも政治への関心を持ちにくいのはなぜだろう」と考えたところ、小学校~高校で「政治の仕組み」については勉強したものの、議会で議論されている内容や政党のマニフェストといった「政治の中身」については十分に触れてこなかったと気づいたのです。
若い世代が政治への関心を高められる教育が必要ではないかと思い、大学卒業後に松下政経塾に入塾しました。松下政経塾は、実業家の松下幸之助氏が私財を投じて設立した公益財団法人で、政治家や社会起業家など、さまざまな分野のリーダーを育成しています。
まだ18歳選挙権が実現する前でしたが、国内外の学校現場を訪ね回って主権者教育の重要性を訴えていくうちに、共感・協力いただけることが徐々に増え、今に至ります。
教員に求められるのは「コーディネーター」の役割
――日本での主権者教育は、どのように進められているのでしょうか。
日本では文部科学省と総務省、各都道府県・市町村の教育委員会が中心となって進めています。最近では高校公民科に「公共」という科目が導入されました。
以前は公民科に「現代社会」という科目があり、これは政治や経済の仕組みを学び、知識を覚える科目でした。新設の「公共」は、「課題を自ら解決する」ための学びとなっていることがポイントです。
ちなみに、主権者教育が特に進んでいるのは神奈川県です。選挙権が18歳に引き下げられる前から県立高校で模擬投票などが導入されていますし、2016年度からは「小中学校でも主権者教育をやっていこう」ということで、私は県教育委員会でその座長を務めています。
――海外の取り組みについても教えてください。
主権者教育や政治参加に熱心なのは欧米です。私は市民革命などをはじめとして民主主義を自らの手で実現してきたヨーロッパ、特にドイツの取り組みをよく紹介しています。
ドイツでは公園や学校の遊具を造る際、検討委員に小学生を入れなければいけないという条例を制定している自治体もあります。これは形式的なものではなく、実際にお子さまたちの意見がきちんと反映された公園が作られているのです。
このように、物事を決めるプロセスにお子さまたち・若者たちが関わるという参画の仕組みが十分整っています。
日本では「アクティブラーニング」や「主体的で深い学び」に向けての取り組みはされていますが、政治参画の仕組み化はまだまだこれからという状況です。
――これまでの日本では政治について「学ぶ」という教育がされてきたのに対し、欧米では「実践する」というあり方が定着しているのですね。
そうですね。ドイツをはじめ海外では、すべての党派の考え・施策を知ったうえで議論する取り組みがされています。これは生徒からさまざまな意見を引き出し、うまく討論できるようにするコーディネーターとしての教員の役割が確立されているからです。
「自分ごと化」は受験を突破する力にもつながる
――主権者教育によって、お子さまたち・若者たちにはどのような変化が期待できるのでしょうか。
主権者教育の取り組みで関わった学校から、「さまざまな課題に自ら関わっていこうという生徒の意識が高まった」「大学の総合型選抜入試やAO入試で活きた」というお話をお聞きすることがあります。
また、大学入学共通テストでも公共科目が入ってきたり、社会課題について問われる小論文が課されたりします。
主権者教育を通して判断力や読解力を高めていくと、結果的に一般選抜にもつながっていくのではないでしょうか。
――生徒会活動をしている生徒さんも、より活動の意味が深まりそうですね。
実は中学生や高校生の生徒会活動をサポートする生徒会活動支援協会の理事長も務めており、「日本生徒会大賞」という賞を設けました。
私自身、部活動と生徒会活動の両方を経験しましたが、生徒会活動は部活動と違って決勝大会も甲子園もありませんし、スポットが当たりにくい活動です。
しかし校内の課題を解決するのは、さまざまなテーマを自分のこととして考える第一歩だと思います。学校のみんなのために頑張っている人を応援しようということで、2017年度から表彰を始めました。
日本生徒会大賞を受賞した生徒さんがAO入試で難関志望校に合格するケースや、社会課題を解決しようという気持ちが高まり、新たなテーマを設定してAO入試でプレゼンテーションをして合格するケースも数多く聞いています。
私自身も、主権者教育や生徒会活動に関心のある高校生から「レポートを書きたいので助言をしてほしい」といった依頼を受けることがあり、喜んで協力しています。
このように、結果的に主権者教育の影響が受験にも広がりを見せることを思うと、入試形態を問わずニーズに応えられるコンテンツを作ることも大事だと感じますので、それぞれの学校にカスタマイズした授業プログラムも提供しています。
社会に「先生」はいない。自分で調べ、考えることが大切
――身近な事柄や社会課題を自分ごとにするために、日頃からできることはありますか?
スマートフォンを使いこなして、わからないことを自分で調べる習慣をつけるのがおすすめです。
私が作成した主権者教育プログラム「マイ争点」では、自分の関心のある政策テーマを選び、その政策テーマの「具体化・理由・問題点・解決策」を考えていきます。
これは「ニュースを見ても選挙の争点がよくわからない」という声をふまえ、「それなら自分が大切にするポイント(=マイ争点)を考えてみればいいのでは?」という逆転の発想から作成したプログラムです。学校や自治体などからも活用したいという声が多く、東京都のホームページにも、私が監修を担当した無料で使えるワークシート「MY争点オンライン」があります。
授業ではオリジナルのワークシートに書き込むことができるのですが、そこで使われている用語自体がわからないことがあると思います。たとえば「農林水産政策(TPP)」と書いてあっても「TPPって何?」という状態です。
わからないことがあると生徒さんはたいてい先生に訊こうとするのですが、あえて質問せず、自分で調べてもらいます。社会に出たら、何でも教えてくれる先生がいませんから。
わからないことは先生に聞くのではなく、自分で調べなくてはいけません。情報を調べたうえで、何が真実なのか自分で判断する必要があります。
たとえばニュースで取り上げられている少子化対策が気になれば、「何をもって少子化対策というのか」「そもそもなぜ少子化対策をする必要があるのか」など、わからないことを調べる。海外情勢に関する疑問なども同様です。
わかったふり・知ったかぶりをせず、スマートフォンやタブレットを使って自分で調べてみる。それでもわからないことを友達と話したり、保護者さまや先生に聞いてみたりすることが大切です。
家庭内の小さなことから「自分ごと」の実感を積める
――主権者教育の一環として、家庭内でできることはありますか?
私はご家庭での実践が非常に大切だと考えています。それぞれご家庭の方針はあると思いますが、ぜひおすすめしたいのは「小さなルールメイキング」です。
「誰が食器を洗うのか」「誰が食器を片付けるのか」など、小さく簡単なルールでいいので、一つひとつ一緒に決めてみてください。
日本の若い世代は「自分の意見が社会を変えていく」という実感に乏しいという調査結果が出ていますが、家庭内のルールを決めるときにお子さまたちも関わらせることで、そうした状況が変わっていくのではないでしょうか。
お子さまの声を聞くのは大変なときもありますし、もちろん保護者さまが決めたほうが早いでしょう。それでもお子さまがルール決定に関わる経験を積むことで、自らの頭で考えて課題を解決していこう、自ら声を上げていこうと考えるようになりますし、それが学校や地域、ひいては社会全体への参画につながっていきます。
お小遣いについて考えるのもいいですね。「お子さまに家のお金について伝えたくない」という方もいらっしゃるかもしれませんが、大きな目で見てみると、国の予算について私たちが知らされないのと似たようなことになってしまうかもしれません。
もちろんお子さまに話すこと・話さないことを決めるのは保護者さまですが、家の中の小さな取り組みがいずれ政治参加につながっていく、未来を創っていくということを意識していただければと思います。
――身近な事柄についてのルールメイキングは、課題を自分ごと化するよい練習になりそうですね。
ニュースに関する疑問などをお子さまと一緒に考えるのもおすすめです。お子さまは、保護者さまのさりげない一言から社会問題が自分ごとになるヒント、「こういう考え方もあるのでは?」と視点をもらうことがあります。
毎日の育児や家事、お仕事は忙しいと思いますが、お子さまから何か訊かれたらぜひ一緒にインターネットで調べてみてください。
スマートフォンの使用についても、ご家庭それぞれの方針があると思います。持たせない方針は否定されるものではありませんが、すでにインターネットは生活と切り離せない存在になっていますし、AIの活用についても活発な議論がされているところです。
情報を鵜吞みにせず、収集した情報を自分の頭で分析し、深く考えることがメディアリテラシー・情報リテラシーの醸成にもつながっていきます。こうしたことを通じて、ぜひお子さまたちが身近な課題を自分ごとにしていく習慣をつくっていっていただければと思います。
[プロフィール]
西野 偉彦(にしの たけひこ)
1984年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。専門分野は18歳選挙権・主権者教育・若者参画。2010年、「政治と教育」を探究するために松下政経塾に入塾。2011年、神奈川県立湘南台高校シチズンシップ教育アドバイザー。2014年、ドイツにて主権者教育・若者参画を調査。2015年、与野党に協力し公職選挙法改正(18歳選挙権)を実現。2016年より慶應義塾大学SFC研究所上席所員。この他、生徒会活動支援協会理事長、松下政経塾政経研究所研究員。総務省や神奈川県教育委員会をはじめ、国・自治体の主権者教育の立案と実践に携わる。全国の学校(小学校・中学校・高校・専門学校・大学)での講演やメディア出演など多数。